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抗うことのできない恋ならば、いっそこの手で壊してしまえばいい3
「アーサー伯爵、楽しくご歓談中のところ、大変失礼いたします。先月からアジャ家のお屋敷で執事を務めさせていただくことになりました、ベニー・ロレザスと申します。以後お見知りおきを」
肩を少しだけ超えた白金髪を赤い紐で括ったベニーは、折り目正しく腰をきっちり曲げて、伯爵に頭を下げた。
舞踏会用に誂えた仕立てのいい服が、彼のもつスタイルの良さをこれでもかと引き出しているようで、男の僕ですら見ているだけで目の保養になった。
伯爵よりも背の高い彼の存在は、それだけで目立つのに、ひとつひとつの所作が際立っているため、あちこちから視線が飛んできているように思えた。
「ほう。父方ではなく、わざわざ母方の親戚筋から君を呼び寄せるなんて、まるで何かを隠すために呼ばれたのだろうか。たとえば男爵の出生の秘密ついて、かな?」
言いながらベニーを凝視していた視線を、僕に移動させる。先ほどまでとは違う好奇を含んだまなざしに気圧され、顎を引きながら俯くしかない。
(――アーサー卿が見ているのはきっと、僕の髪と瞳だろう。両親が持っているものとは、まったく違うから……)
「ローランド様の出生の秘密は、なにひとつございません。亡くなられた奥様の遺言をこのたび執行したので、私がアジャ家に呼ばれただけなのです」
「では先代の男爵夫妻の髪色は黒に近い茶系だったのに、どうして彼は目立つような朱い色の髪をしているのだろうか」
「それは母方に、そのような髪色のお方がいらっしゃったからだと思います。ローランド様によく似た朱に近い髪色のお方が、実際に数名おられます。他にも曾お爺様とローランド様がよく似ているのを、お屋敷に飾られていた肖像画で拝見しております」
ふたりの会話がテンポよくなされるため、口を挟む余地がない。喋る人物を、目線で追うのがやっとだった。
「どれくらい似ているのか、その肖像画を見てみたいものだな」
伯爵は手にしたシャンパングラスをちょっとだけ振りながら、挑むようにベニーを見つめた。
「残念ながら、数年前にそのお屋敷は火事に見舞われてしまったため、その肖像画を見ることはできないのでございます」
「それは本当なのか、男爵」
伯爵は事実をベニーに訊ねず、僕に質問を投げかけた。慌てて姿勢を正して、見知っていることを頭の中で整理しながら口にする。
「本当です。火災があった当時、僕はまだ幼かったのですが、父に連れられて見舞いに行った記憶があります。確か、ベニーも火傷をしていました」
「火事が起きた際、お屋敷に取り残された使用人たちを無事に避難させるべく、最後まで残って救助活動をしておりました。誰ひとり逃げ遅れることなく助けることができましたが、お屋敷の内部は全焼しました」
「出火の原因は?」
「漏電ではないかと。アーサー伯爵のお屋敷のように、スプリンクラーの設備が整っていたら、大きな火事にならずに済んだでしょうね」
言いながら僕が持っていたシャンパングラスを取りあげ、ベニーが持っていたものに変えられた。
「待て。男爵が手にしていたのは、俺が差し上げたものだ。なぜ取り替える必要がある」
僕が疑問を言葉にする前に、伯爵が告げてしまった。さきほどよりも低い声色は、明らかに怒気を含んでいるものだった。
「アーサー卿、僕の執事が大変失礼いたしました」
慌てて、取りあげられたシャンパングラスを戻そうとしたのに、ベニーは首を横に振りそれを拒否する。
「ベニー、アーサー卿のご好意を無駄にしたくはない。グラスを返してくれ」
「私がシャンパングラスをローランド様にお返しすれば、伯爵のご機嫌を損なうことなく、穏やかな時間をお過ごしできるでしょう。ですが――」
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