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抗うことのできない恋ならば、いっそこの手で壊してしまえばいい9
さっきまでは逃げることばかり考えていたのに、それに疲れ果ててしまって、頭の中が真っ白になる。すると動かないと思っていた足が、伯爵に向かって歩みだした。
「俺が知ってる、力の使い方を教えてあげる。さぁこの手を取って」
呪文のかかった悪魔の囁きに導かれるように、伯爵の手の上に自分の手をそっと重ねた。そんな僕の手を柔らかく握りしめ、鍵のかかった扉の前に誘導する。
「君が生まれた年のワインを用意してある。酒が弱いからなんていう理由で、注がれた酒を飲まないんじゃ、場の空気を壊してしまうからね。貴族の嗜みとして、酒くらい慣れないといけない」
伯爵は空いた手で、胸ポケットから金色の鍵を取り出して開錠し、扉を大きく開きながら僕を部屋の奥へと誘った。
さっきまでいた部屋と違って、中の照明は落とされ、その代わりにところどころ小さなランプが置かれていた。そのなんとも言えない薄暗さに、気味の悪さを感じる。
「躰が震えているね。まずはここに座って落ち着いてくれ、準備をするから」
「準備?」
座らされたのはベッドの上で、余計に落ち着くことができなかった。握りしめた拳に、しっとりと汗がにじんでいく。
「夜は長い。乾杯してから、お互いのことをゆっくり知り合わないか?」
あからさまに怯える僕を見ても、伯爵は呆れることなく、ワインのコルクを手際良く抜き取り、グラスに注いでいく。僕は静かに注がれる赤い色を、黙ったまま見つめた。
このあと自分は、どうなってしまうのか――手渡されたグラスに問いかけても、血のように赤い液体は何も教えてはくれない。
「俺たちの明るい未来に乾杯!」
くっついて隣に座った伯爵は、持っているグラスをぶつけて、勝手に乾杯する。
「せっかく乾杯したのに、一口も飲まないなんて無粋だな。しょうがない、俺が飲ませてあげる」
サイドテーブルに持っているグラスを置き、僕のグラスを手にして半分だけ飲む。ぼんやりと横目でそれを見ていたら、いきなり頬に手を当てて、くちびるを重ねてきた。
「ンンっ……」
少しずつ口内に入ってくるワイン。空気を吸うように、それをどんどん飲み込んだ。酸味の中にほんのりとした甘さもあって、そこまでアルコールを感じずに済んだけれど――。
「やぁっ、あっ…んあっ……」
流し込むワインがなくなったというのに、伯爵の舌が僕を感じさせようと怪しく蠢いた。はじめての行為に変な声が出てしまったことで、感じるよりも恥ずかしさのほうが上回り、頭の中がパニックになる。
「アーサー卿ぉっ、おやめく、ださぃ。んっ…は…ぁっ」
両手で伯爵の胸元を押して、何とかキスを中断させることに成功した。
「済まないね。若いワインの味を堪能していたら、つい夢中になってしまった」
「いえ……。もう自分で飲めますので」
「そう、だったらこれくらいは飲んでもらおうか」
伯爵はさきほどのグラスを僕に戻し、減った以上のワインを足していく。なみなみと注がれてしまった赤ワインを前に、絶句するしかない。
「さぁさぁ、そんなふうに固まっていないで、遠慮せずに飲むといい。俺も付き合うよ」
同じ量を自分のグラスに注ぎ入れ、隣で美味しそうに飲む姿を見つめる。手にしたグラスの重さのせいで、飲む気には到底なれなかった。
「男爵、飲むんだ。さもないと――」
言葉の続きが聞きたくなかった僕は、煽るようにグラスの中身を一気に空けた。風呂に浸かっているときと同じように、躰が熱くなっていくのを感じていたら、グラスにワインがふたたび注がれる。
「今度は味わう感じで、ゆっくり口にするといい。上品にね、こうやって飲むんだよ」
頼んでもいないのに、またしても口移しでワインを飲ませる伯爵に、抵抗する気はおろか、されるがままでいるのがやっとだった。正常な判断ができないのは、普段飲まないお酒を、一気に飲んだせいかもしれない。
「ふ、くぅっ……」
「このワインのように、頬を真っ赤に染めて可愛いね。いますぐにでも、食べてしまいたいくらいに熟してる。ここもこんなに熱くして」
「や…め…うっ!」
カタチの変わってしまった敏感な部分に触れられたというのに、麻痺したみたいに両手が使えず、抗う力がさっぱり沸かない。できることなら持ってるグラスの中身を、伯爵に浴びせたいくらいなのに。
そんな僕の気持ちを知っているか、手にしてるグラスを奪うなり、ベッドの上に押し倒された。酔いのせいで、天井がゆらりゆらりと回っている。
「もう少しだけ、男爵を酔わせてからと思っていたが、色っぽい声を出す君に堪らなくなってしまった」
伯爵は笑いながら胸元で結ばれたタイを解き、服を脱がしにかかる。
奥歯をぎゅっと噛みしめて、これ以上変な声をあげないようにしつつ、泣きだすまいと意地になって何とか我慢した。躰を奪われても心だけは渡さないという、自分なりの小さな抵抗だった。
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