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抗うことのできない恋ならば、いっそこの手で壊してしまえばいい10

*:,.:.,.*:,.:.,.*:,.:.,.。  普段夢など見ないというのに、なぜだか以前体験したことを思い返す夢を見ていた。 『お見舞いに来てくれてありがとう、ベニー』  3ヶ月ぶりにお逢いした奥様のご様子は、あまり芳しいものではなかった。青白い顔色をそのままに、ベッドに横たわるお姿があまりにも弱々しくて、涙が出そうになる。 「ここに来る途中、ローランド様にお逢いしました。以前は男爵にべったりとくっついていらっしゃったのに、今は手元で何をしておられるのか、じっと観察しながら、しっかりとお仕事をしているご様子を眺めておりました」 『ふふっ、誰かの目がなければ、甘えたに大変身するのよ。この部屋に顔を出したら、必ずベッドに潜り込んできて、ひとしきりベタベタするの。離れなさいって言っても、全然言うことをきかなくてね』 「奥様それは、ローランド様はまだお小さいですから……」 『それよりもケヴィンからの便りは、どうなっているのかしら』  悲しさを宿す瞳が、自分を射すくめた。  隠し事を見逃さないようにするためなのか、ローランドと同じエメラルドグリーンの目がしっかりと見開かれる。目力を強めてまっすぐ見つめられるだけで、息が止まりそうになった。 『ベニー、彼からの便りを私がどれだけ楽しみにしているのか、貴方なら分かっているでしょう? お願いだから、出してちょうだい』  骨ばった腕が布団から伸ばされるやいなや、両脇に控えていた手を掴む。力なく掴まれている手は簡単に振り解けるものなれど、それがどうしてもできない。  これから伝える真実があまりに残酷で、病床にいる彼女をさらに悪化させるものになるのは、容易に想像のつくことだった。  掴まれている手を両手で包み込み、床に膝をついて自分のおでこに押し当てた。 「……ケヴィンは、半年前にこの世を去りました。奥様とのお付き合いがバレて、お屋敷を追い出されたのち、生活のためにキツい力仕事を中心に従事していたのですが、無理がたたってそのまま――」 『どうしてそれを、前回ここに来たときに言ってくれなかったの? 便りがないのは忙しさからだと言って、貴方が誤魔化すことをしなければ、今日までずっと期待して待つ必要がなかったというのに……』 「ローランド様のためにも、奥様には長生きをしていただきたいのです。それは、ケヴィンの願いでもあるのです!」  額に当てている奥様の手の温度が、すーっと冷たくなっていく。それをあたためるべく、両手で擦り合わせた。 『ベニー、貴方にはとても感謝しているのよ』  かけられた言葉に、ようやく顔をあげる。奥様の両目には、大きな涙が滲んでいた。それが音もなく頬を伝っていく。 『ケヴィンと私の恋を応援してくれたのは、貴方だけだったでしょう。そのお蔭で、ローランドを産むことができたの』 「奥様、ケヴィンの分まで長生きをしていただけませんか? そうしなければ、私は奥様に恩返しをすることができません」 『分かっているわ。不義のコと知りながらも、自分の子どもとして認知してくれた主人とローランドのために、私は1日でも長く生きなければいけない。だけどもうひとりの私が、願っていることがあるの』  道ならぬ恋に身を投じた奥様に、首を横に振ってみせた。それを告げてしまったら、現実になりそうな気がしたから。まぶたの裏で、天国にいるケヴィンの胸に飛び込む、微笑んだ奥様の姿が浮かんでしまう。 『ベニーには男爵を継ぐ、ローランドの執事をしてほしいわ。あのコを支えてほしいの。私から父に手紙を出します。それまでお屋敷で、執事になる勉強をしてちょうだい』 「承りました。必ずやローランド様を支えることのできる、立派な執事になりましょう」  道端で野たれ死にかけていた私を救ってくださった奥様に、あのとき誓ったというのに――。  顔に触れた靴裏の感触に、踏みつけてきた足首を素早く掴んで放り投げた。こういう下種なことをする人間は、高貴な身分の貴族や王族に多い。自分よりも身分の低いものをゴミムシと思っているから、そういう対応を平気でする。 「大の字で床に転がって、さぞかし夢心地だと思ったのに、よく気がついたな」

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