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抗うことのできない恋ならば、いっそこの手で壊してしまえばいい24

*:,.:.,.*:,.:.,.*:,..,.  ローランドがメイドに通された部屋は、この間おこなわれた舞踏会の大広間の、すぐ傍の部屋だった。  扉を開けて中に通されると、部屋の真正面にある窓際にアーサー卿がいて、龍が描かれた東洋の壺を持ったまま、ローランドを出迎える。 「やあ、逢いたかったよ男爵」 「シュタイン子爵の屋敷で顔を会わせるというのに、わざわざここに呼ばれるとは思いもしませんでした」  ローランドは扉の前で小さく頭を下げてから、アーサー卿に向かってにっこりと微笑んで、悪態をついた。それを目の当たりにしたメイドが、雲行きが怪しくなる前にと、慌てて退室しかけたときだった。 「これから男爵と大事な話をする。しばらく誰も通さないように、皆に伝えてくれ」  手にした壺を暖炉の上へと丁寧に置いたアーサー卿は、振り返りながらメイドに命じた。 「かしこまりました。失礼いたします」  決まり悪そうな顔をして出て行くメイドを横目で眺めてから、アーサー卿を見据えつつ、ローランドは素早く思案する。 (奪われた書類を返してもらうだけなのに、大事な話とはいったい……。それにしても洋間にぽつんとひとつだけ、東洋の壺を飾るとは。随分と浮いて見えるが、それについてどうだと聞かれたら、答えるのが厄介だな)  いつでも逃げられるように、扉の前に立ち竦んでスタンバイするローランドに視線を合わせたアーサー卿が、ゆっくりと近づいてきた。 「俺の気持ちを知ってて、そんなつれないことを言うんだね」 「恋多き貴方に口説かれても、その想いが純粋なものにはみえないから、っ!」  発した言葉を告げ終える前に、アーサー卿がローランドの顔の横に片腕を突き立てた。至近距離で見下ろされて、躰が恐怖に竦みあがる。 「たくさんの恋愛をしてきたからこそ、君に対する気持ちが、純粋なものだと分かるんだけどな」 「僕はそんなことに、うつつを抜かしている場合ではありません。奪った書類の返却を、どうかお願いします」 「そういう強気な態度をされると、ますます組み敷きたくなる」  上目遣いで睨みをきかせたローランドの顎を強引に掴み、アーサー卿は無理やり唇を重ねた。 「んっ!」  肉厚の舌が容赦なく絡んできて、逃げようにも狭い口内の中では無理だった。それでもなけなしの抵抗とばかりに、両腕を使ってアーサー卿の大きな上半身を必死になって押した。 「せっかくのいいところを邪魔するこの可愛い腕は、こうしてなくしてしまおうか」  ローランドが逃げる間もなくアーサー卿は両手首を掴み、素早く後ろに回した。 「な、なにをっ?」  背後から聞こえるのは、なにかの金属音のみ。手首の皮膚の上に、冷たいものが嵌められるのが分かった。 「君が素直になるように、手枷をつけさせてもらった」 「いつの間に、そんなものを……」 「それと、これは没収させてもらうよ」  耳元で囁いたアーサー卿の声と一緒に、ふわっとした吐息が混じり、変な声が出そうになる。それをやり過ごすべく躰を強張らせていると、ネクタイピンを外されてしまった。 「やれやれ。こんなものを使って、俺たちが愛し合う逢瀬を、録音しようなんて考えるとは。こんな間の抜けた入れ知恵したのは、執事殿だろうか」 「それは――」 「以前、同じことをされた経験があったからね。まったく同じ物を使ってくれたおかげで、気づくことができたよ」 (国王様に、アーサー卿の悪事を告発できるチャンスだったのに!) 「悔しがる顔よりも快感に身をゆだねて、イク顔を俺に見せてほしいな」  なぜかアーサー卿はローランドの後ろに移動し、胸元にあるワイシャツのボタンを外しはじめた。 「朱い髪に、ダークブルーのスーツがよく似合ってる。見てるだけでそそられる」  ワイシャツの隙間から差し込まれる、アーサー卿の手のひらを胸元に感じて、肌がぶわっと粟立つ。 「おやめください。こんなことをしてる時間はありません!」 「ああ、いい忘れていた。集いの司会をする俺の都合で、2時間ほど時間を遅らせたんだよ」 「なっ!?」 「あの屋敷にはいろんなものがあるから、先に集まった貴族たちはビリヤードやチェスなんかに興じながら、楽しんで時間を潰しているだろうね」  胸元の手のひらが狙いをすましたかのように、左胸の頂に到達した。アーサー卿の人差し指が、ローランドを感じさせるように細やかに動く。 「っぐ、う」  喘ぎ声を押し殺そうと、下唇を強く噛みしめるローランドを見て、胸元に触れていない手が、ジャケットのボタンを外していく。 「君がいつまでそうやって我慢し続けていられるか、俺としては楽しくて仕方がない。こことココも、こんなに硬くなっているというのにね」  ジャケットのボタンを外した手が、一瞬だけローランド自身に触れた。 「んあっ……」  直接触れられたわけじゃないのに、躰の中心に電撃が落ちたような快感が走り抜ける。強く噛みしめていたはずの唇から、荒い吐息が繰り返された。 「この間の夜のように、時間がたっぷりあるわけじゃないからね。感じやすい君を、短時間でどうやって料理しようか」

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