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抗うことのできない恋ならば、いっそこの手で壊してしまえばいい32
優しさを感じさせる物言いに、ベニーはうなだれながら口を開いた。
「やはり面倒見のいいところは、親子と言うべきなのでしょう。貴方様の父親共々、そういうお優しいところに、私は惹かれたんです」
「父?」
突然なされた告白に、髪を梳かしていた手が止まった。
「気づいていらっしゃるのでしょう。亡くなった前男爵が、自分の父親ではないことに」
「ああ……」
ローランドは止めた手を動かし、絡んでいる髪を綺麗にしてから、自分の膝の上に置いた。ベニーは相変わらず背中を向けたまま、空虚な空間を見つめ続ける。その態度がわざと壁を作っているように思えて、ローランドは悲しくなった。
大事な話をしようとしているというのに、顔を突き合わせようとせず、そっけない素振りをするベニーの横にローランドは強引に並び、あえて躰をくっつけた。
「ローランド様?」
おずおずとローランドを見下ろすベニーの目元に、シャツの袖を押しつけて、手荒な感じで涙を拭った。それなのに目尻にはすぐに涙が滲み、最初に拭った頬がふたたび濡れていく。
「ベニー、いい加減にしろ。これじゃあキリがないだろ」
「申しわけございません。ローランド様のお手を煩わせてしまい……」
「それはいいんだ。僕がやりたくて、勝手にやっているんだから。それにおまえの涙が止まらないと、まともな話し合いにもならないだろう?」
ベニーは涙を拭うローランドの手を握りしめて、自分の胸に押し当てた。
「ローランド様の本当のお父様は、私の初恋の方なのです」
反対の手でポケットからハンカチを取り出し、静かに拭いながらポツポツと喋る。
「孤児院出身のおまえが、男娼になるまでの経緯は知っているが――」
「私は6歳で子供のいない貴族の養子になり、衣食住を含めて、まともな生活をさせていただいた話を以前しましたね」
そのときのことを思い出したのか、つらそうだったベニーの表情が少しだけ明るくなった。
「おまえの出生の話はどこか翳りがあって、詳しく聞けなかったっけ」
「そこのお屋敷には私よりも先に、孤児院から引き取られた子どもがおりました。一人っ子のままでは寂しいだろうと、老夫婦が私を養子に迎い入れてくれたのです」
「もしかして、その子どもが……」
「名はケヴィン。10歳以上年の離れた兄弟となったのですが、まるで本当の兄のように、私に接してくれました。憧れが恋心に変化したのは、思春期あたりになってからでしょうか。あの頃は、いつまでも一緒にいられると思っていたのに」
「老夫婦に、なにかがあったんだな?」
ベニーの手によって握りしめられていたローランドの手が、優しく胸を撫でた。いたわるようなその仕草に、ベニーは顔を俯かせて微笑んだ。
「ええ。人のいいおふたりでしたので、詐欺に遭われてしまったんです。他人の借金を、背負わされてしまいました」
唇に浮かんだ微笑みはあっけなく消えてなくなり、ベニーは持っていたハンカチをぎゅっと握りしめる。ローランドは、当時の悔しさを垣間見た気がした。
「その借金の返済をするために、おまえは男娼の館へ売られたのか」
「老夫婦には反対されたのですが、多額の借金を返すために、自分から身売りしました。今までお世話になったのですから、当然のことかと。私が屋敷から去る際は、おふたりそろって泣きじゃくっておられました」
「兄のケヴィンはどうした?」
ローランドは胸を撫でていた手を使って、ベニーのシャツの襟元を掴み、躰を揺すりながら問いかけた。男娼というつらい仕事を自ら請け負ったベニーを見、兄としてどんな仕事に就いたのかとても気になった。
「肉体労働者となりキツい仕事をして、大金を稼いでいたようです」
「そうか……」
「こんなこと平民では、ありふれた話でしょう。人によって、幸せな時間を過ごす長さは違うのです」
ベニーは俯かせていた顔をあげて、悲しげにローランドを見つめる。その視線を受けながら、過去の話を思い出した。
「男娼の館の仕事がつらくなったおまえは、ある日こっそり抜け出したんだったな」
「躰中ボロボロになっているだけじゃなく、お腹がすいて行き倒れているところに、奥様に拾われました」
「母のあの性格なら、捨てられた動物を拾う感覚だったのかもしれない。随分と我儘で、破天荒な人だった。子どもの僕に負けないくらいの我儘を、突然言い出すんだ」
肩を竦めながら、おかしそうにくすくす笑うローランドに、ベニーも微笑んで相づちを打った。
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