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抗うことのできない恋ならば、いっそこの手で壊してしまえばいい33

「お懐かしい話です。当時私から事情を聞いた奥様は、二つ返事で借金を返済し、遠くで仕事に従事していたケヴィンを、自分の屋敷に呼び寄せました」 「そこで出逢った母とケヴィンは、恋に落ちたというわけか」  浮かべていた笑みを瞬時に消して、吐き捨てるように告げたローランドを目の当たりにし、ベニーはまぶたを伏せる。  まさに、目と目が合った瞬間に落ちるべきところに落ちたのを傍で見て、そのときのショックが胸の痛みと同時によみがえった。 「互いに惹かれあったことは、私の目から見ても明らかでした。しかし奥様は当時、別な方と婚約しておりまして」  政略結婚をさせようとした両親に反発し、ありとあらゆる我儘を炸裂させていた恩人の姿を、ベニーは頭の中に思い浮かべた。 「父から聞いた話では、病気のせいで母の縁談は破談となり、結婚に行き遅れた自分が娶ったということだったが」 「表向きは、そういうことにしておりました。実際はローランド様を身ごもったため、破談となったのです」  ローランドはベニーに握られていた手をやんわりと外してから、無造作にベッドへ倒れ込んだ。 「別の男の子どもを身ごもった母なのに、父はとても愛していた。母の告げる我儘すら可愛いと言って、手を尽くして叶えようとしていたくらい……。だから僕は誰に何を言われようとも、自分の両親は彼らだと疑わなかった」  どこか素っ気なく告げた言葉に、ベニーは前を向いたまま、意を決して重たい口を開く。 「その朱い髪は、ケヴィンと同じもので――」  本当の父親のことをなにも知らないローランドに、事実を知らせることについて多少の躊躇いはあったが、自分がかつて愛した男を、少しでも知ってほしい気持ちが勝った。 「母はどこか嬉しげに、この髪を触っていたっけ。だからだったんだな」  前髪にふれながら、切なげな表情を浮かべたローランドに、ベニーは背を向けた状態を維持する。どんな顔をしていいのか、さっぱり分からないせいで、視線を向けることすらできなかった。 「ベニーおまえはもしかして、ケヴィンの血をひく僕を愛したんじゃないのか?」 「違いますっ、断じてそんな理由ではこざいません!」  ローランドからの質問に、怒号で返事をしたベニーは、どこか悲しげな顔をみせた。 「だって僕の中にいるケヴィンを、おまえなら感じとることができすはず。それを思い出して、胸を熱くさせているのではないか?」 「確かにその朱い髪を見るたびに、彼を思い出すことがございます。ですがローランド様は、唯一無二の存在。高貴で美しく賢さも併せ持っているというのに、支えてあげなければならない儚さを持つ貴方様だからこそ、私はお傍に仕えながら愛した――」 「ベニー……」  横たわるローランドに、ベニーがゆっくりと跨る。ベッドから微かに、軋む音が鳴った。 「伯爵は根っからの遊び人です。このままではボロボロにされた挙句に、捨てられるのがオチでしょう」  ベニーは親指で、ローランドのぷっくりした下唇をなぞるように触れる。桜色の唇の隙間から、甘い吐息を感じた。 「……それでも」 「聡明な貴方様なら、頭ではわかっていらっしゃるはず。結末がわかっているのに、なぜそこまで伯爵に固執するのです」  否定的な言葉を聞きたくなくて、ローランドの声に自分の意見を被せた。 「愛してしまったからだ」 「ローランド様を穢した、張本人だというのに……」  ベニーは唇に触れていた親指を、頬に移動させる。以前と比べて痩せてしまった頬の肉を、指先に感じた。もう少しだけ柔らかった感触を思い出し、眉根を寄せながら瞳を細める。 「それでも僕は、アーサー卿を好きになってしまった。この気持ちは変えられない」 「もしも、そのお気持ちが伯爵に届かなかった場合は、どうするおつもりです?」 「そのときは……。そうだな、おまえと一緒に心中でもするか。叶わぬ想いを抱えたもの同士で死んだら、来世は結ばれるかもしれないぞ」  ローランドの突飛な意見を聞いて、ベニーは首を横に振った。朱い髪に触れつつ、しんみりとした口調で語る。 「現世で想いを通じたもの同士が、来世でも巡り合う約束をしたときにはじめて、その約束が果たされるのです。しかし片方が非業の死を遂げたり、魔に魅入られると」 「魔に魅入られる?」 「美しい魂は悪魔にとって、それだけで極上の獲物になってしまうのです。食べられてしまったら、来世に転生することは不可能ですので、巡り合うことは叶いません。非業の死も同様です」 「僕はそんな約束を、アーサー卿と交わせるだろうか」  まるで機械的に喋るローランドの頭を、ぐちゃぐちゃと盛大に撫でた。 「互いに深く愛し合っていれば、きっと大丈夫でございます。伯爵を信じてみましょう」  ベニーとしては、ローランドの恋を応援する気はさらさらなかった。だが落ちこむ姿を見ているうちに、自分の気持ちがどうでもよくなり、愛する主を支える気持ちに切り替わったのだった。

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