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抗うことのできない恋ならば、いっそこの手で壊してしまえばいい35
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次の日ベニーの運転で、王都にある伯爵の屋敷に向かった。
(久方ぶりにお逢いするせいで、変に緊張してしまう)
ローランドは後部座席で何度も手櫛で前髪を直したり、着ているスーツの襟元を直したりして、無駄に忙しなく動いていた。
そんな落ち着きのないローランドをベニーはルームミラーで見ながら、優しく話しかける。
「ローランド様、大丈夫でごさいますよ。もうすぐ到着いたします」
「わかった……」
ベニーの言葉を聞いて、落ち着きのない自分を改めて思い直し、両手を膝の上に置いた。
「玄関前に、黒塗りの車が横付けされております。どなたか先に、お客様が見えられているようですね」
指摘した高級車の後ろに車を停めたベニーは、後部座席のドアを開けようと素早く降り立つが、気が急いたローランドは自分で開け放ち、颯爽と屋敷に向かう。
逸る気持ち抑えるために息を整えて、豪勢な扉をノックしようとしたときだった。ローランドの目の前で、自動的にゆっくりと扉が開け放たれた。そこにいたのは――。
「誰かが来た気配がしたから開けてみたのですが、クリシュナ男爵だったのね。ごきげんよう」
「ゼンデン子爵の奥様……、ご機嫌麗しゅうございます」
慌てて頭を下げて挨拶したローランドに、未亡人は満面の笑みを浮かべた。
「亡き夫が丹精込めて育てていた畑の管理は、もう慣れましたか?」
「はい、おかげさまで……」
唐突に現れた未亡人に、ローランドは目まぐるしく思案に暮れる。彼女と伯爵が関わり合いがあるのは明白だった。理由は、自分がその土地を譲り受けたから。
まぶたを伏せて口を引き結び、居心地の悪そうな表情をするローランドに、未亡人はわざとらしく下から顔を覗きこんだ。
「貴方、今日はアーサーに呼ばれていないでしょう。何をしに、ここに来たのかしら?」
くすくす笑いながらなされる問いかけに、ローランドはひどく焦った。親しく伯爵の名を呼ぶ、未亡人の存在の大きさを目の当たりにし、嫌な汗が背中を伝う。
「そ、それは、アーサー卿にご相談したいことがありまして。急ぐ案件でしたので、ここに参った次第でございます」
「クリシュナ男爵は、嘘が下手なようね。ハッキリ仰ればよろしいのに。愛するアーサー卿にお逢いするために、わざわざやって来たって。彼は私と逢うのに忙しくて、貴方とは随分とご無沙汰ですものね。もしや、躰が疼いてしまったのかしら?」
「…………」
「悪いけど、アーサーはとても忙しいの。私との結婚を控えて、そりゃあもう、てんてこ舞いの忙しさなのよね」
「け、っこん」
未亡人に告げられたセリフが衝撃的すぎるせいで、ローランドの足が一歩後ずさると、背中に硬いものがぶつかった。細身の躰を支えるように、頼りなさげな両肩に手を添えたベニーが、ローランドの背後に立っていた。
「私がつわりで苦しんでいる間に、クリシュナ男爵がアーサーのお相手に励んでくれたそうね。感謝するわ」
「随分とタイミングのいいご懐妊ですね、子爵夫人」
張りのある低い声が、天井の高い玄関内に響き渡る。
伯爵に二股をかけられていた事実を、未亡人の口から公言されたショックで、ローランドは自分の胸元を握りしめるのがやっとだった。自信に満ちた、ベニーの言葉の意味すら理解できない。
「亡き夫の子どもなんじゃないかと、言いたげな顔をするのね。麗しの執事様は」
着ているドレスの裾をあげて、頭を下げながら丁寧に挨拶する。ローランドにはしなかったことで、未亡人に敵視されているのがわかってしまった。
「お褒めに預かり光栄です。見た目だけ褒められることについて、顔の知らぬ両親に感謝しなければなりませんね」
「ベニーは見た目だけじゃない。僕の執事として、その役目をしっかり果たしてくれている」
両手に握りこぶしを作り、俯きながらベニーを援護したローランドに、未亡人は肩をすくめて、意地の悪い微笑みを口元に浮かべた。
「あらあら、それは悪かったわね。クリシュナ男爵自慢の執事様を、馬鹿にしたわけではなかったのだけれど」
「ローランド様、私は大丈夫ですので、お気遣いなく」
「だが……」
首を垂れたまま上目遣いで見つめるローランドに、ベニーは物悲しげに微笑んだ。
「私は貴方様を支える、影の存在。目立ちすぎる容姿は、マイナスになります」
「クリシュナ男爵、いっそのことアーサーを諦めて、麗しの執事様に抱かれちゃえばいいじゃない。男娼出身の彼なら、きっと貴方を満足させられるでしょう?」
「なっ!」
「伯爵夫人になるお方が、随分と下世話なことを仰る。ローランド様は、伯爵のお気に入りなのです。貴女がそのような話題を口にしたと伯爵の耳に入れば、婚約破棄は免れないかと思いますが」
ベニーは流暢に話しかけながら、顔色を青ざめさせたローランドを背中に隠し、未亡人の視線から隠した。ショックで小動物のように固まってしまったかわいそうな主の姿を、自分以外の誰にも見せない配慮だった。
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