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抗うことのできない恋ならば、いっそこの手で壊してしまえばいい37
「ローランド様、大丈夫でございますか?」
ベニーが車の後部座席のドアを開けながら問いかけると、呆けたようにきょとんとした表情で、ローランドが腰を下ろしながら話しかける。
「後半おまえの言ってることが、さっぱりわからなかった。オ、ナホってなんだ? ダッチワイフ?」
自分の言ったことを反芻する主に、ベニーはしてやったりな表情で静かにドアを閉めた。すかさず運転席に乗り込み、意味ありげな流し目で、後ろにいるローランドを見つめる。
「なんだよ、その目は。悪かったな、世間に疎い片田舎住まいの若い男爵で!」
「私は言いましたよね。知ることができる貴方様の可能性は、無限大だと」
「その持ち上げ方もどうかと思う。早く車を出してくれ」
「畏まりました」
出発を急かしたローランドの言葉に、ベニーはエンジンをかけて、ゆっくりとアクセルを踏み込んだ。車窓の流れる景色を、やるせなさげなまなざしで見つめる主。その様子を確認するために、ルームミラーで何度もチェックする。
「……やはりアーサー卿とは、長く付き合えないんだな」
ややしばらく経ってから、意気消沈したような暗く重い声が耳に届いた。
「そのことについては、わかっていたのではないですか?」
「考えないようにしていた。というのが正解かもしれない。恋がこんなにも厄介なことだとは、思ってもいなかった」
窓ガラスに額を当てながら、つらそうに下唇を噛みしめるローランドに、ベニーは優しく語りかけた。
「案外、恋をしている時間のほうが、幸せをより感じられるのかもしれませんね」
「どういうことだ?」
「片想いをしているときは、相手と話すことができただけで幸せを感じたり、ちょっとした出来事で胸を熱くさせたりと、ドキドキすることが結構あると思うんです」
「おまえは、片想いのベテランだもんな」
寂しそうにしていたローランドの頬に、笑い皺ができる。
「傷つきまくりの私に、ローランド様が塩を塗るとはひどいです」
ベニーの顔にも、緊張のとれた笑みが浮かんだ。
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