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抗うことのできない恋ならば、いっそこの手で壊してしまえばいい46
「この獲物、先輩が食べますか?」
「見るからにそんな気持ちの悪い色の獲物なんか、食う気が失せるっちゅーの! 絶対あとから、腹をくだすだろ」
嘔吐するようなリアクションつきで返答されて、ベニーの唇の端に笑みが浮かぶ。このあとおこるであろう悲劇を考えると、黒ずくめの男の明るさが救いになった。
「というかベニーちゃん、おまえの本当の仕事はなんだろうね?」
やれやれと肩を竦めながら近づいてきた黒ずくめの男の前に、先ほど仕留めた獲物をわざわざ突き出し、見せつけながら口を開く。
「愛する者と、天珠を全うすることです」
まったく愛していないものを見せながら告げたことで、やる気のなさをあえてベニーは露呈した。
「それが仕事だというのにもかかわらず、いったい何がどうなって、こんな事態に陥ったんだよ?」
黒ずくめの男が言い終える前に、甲高い銃声が屋敷から聞こえた。
「あ~あ。おまえの主は、この世でやっちゃいけないことを、ふたつもしやがった……」
「……そうですね」
ふたりの視線の先に血のように真っ赤な色のオーブが、壁から抜け出てきた。力なくよろよろ飛び去る赤いオーブを、突如地面から現れた大きな左手が、握りつぶすように捕まえる。
「地獄の番人の手ですね」
「俺らも、ああやって捕まったよな。ま、俺の場合は大昔すぎて、薄ぼんやりしか覚えちゃいない」
「私は昨日のことのように、はっきりと思い出すことができます。愛する人を失う恐怖に突き動かされて自ら死を選び、ああやって捕まって、真っ暗な地面の奥底まで連れられたことも……」
しんみりと告げながら、透明になって消えていく大きな手を見つめた。
「ローランド様……」
「自殺しただけじゃなく、人を殺めてしまった罪は大きい。こうしてやり直しのできる、俺たちみたいな選ばれし人間にゃなれないね」
「そんなことはないと思います」
「なんで断言できる?」
ずばっと言いきったセリフに、黒ずくめの男が信じられないものを見る目で、ベニーを眺めた。
「私が自殺幇助をしたからです。私の傍でそれを見ていた先輩なら、わかりすぎるくらいにわかるでしょう?」
自分をしげしげと見つめる視線に瞳を合わせて、流暢に説明する。
「確かに。選ばれし人間の見届け人として、ベニーちゃんの傍にいる間は、透明になれるから、これまでの状況を見てきたけどさ。おまえのおこなったことすべてを、確認しているわけじゃないからな……」
ベニーの説明に、納得のいく顔をしなかった黒ずくめの男は、顎に手を当ててうんうん唸った。そんな彼から視線を外し、大きくそびえ立つ屋敷を仰ぎ見る。銃声を聞きつけた使用人の騒々しさは、聞き耳を立てる必要がないくらいの騒ぎだった。
「見ているだけで切なくなるような、もの悲しい赤い色のオーブを、私は見たことがありません」
先ほど目にした、ローランドの魂について語る。暗く沈みきったベニーの声に、黒ずくめの男はまぶたを伏せた。
「まぁな。おまえが捕獲したオーブと比べりゃ、別な意味で食いにくくてしょうがない」
ベニーが愛した相手ということも、食欲が失せる原因のひとつだろうと考えついた。
「ですが妙な話ですよね。自殺や人殺しを禁じているくせに、私たちにはこうして魂を狩らせるんですから」
「そんなの、ヤツらの仕事を減らすために決まってるっちゅーの」
黒ずくめの男は伏せていたまぶたをあげるなり、白けた目でベニーを見つめる。
「ですね。人間の躰と自殺した魂を繋ぐために、わざわざ他人の魂を介入させて、無理やり保定させるなんて……」
自身の躰のシステムに文句を言ったことについて、同調するように何度も首を縦に振りながら、罵る言葉を吐き捨てる。
「しかも狩っていい魂は、粗悪品に限定されてるあたり、確信犯的にもほどがあるよな!」
「ですので、先輩にこれを献上します。遠慮せずにどうぞ♡」
爽やかな笑みを振りまいて、黒ずくめの男の前に獲物をずいっと差し出すと、顔面を思いっきり引きつらせながら後退りした。
「さっきも言ったろ、そんなもんいらねぇよ!」
「あのときのお礼ですって。ほら私が男娼の館から逃げ出して、奥様に拾われるまでの間、仮死状態になったじゃないですか。先輩から獲物を与えられなかったら、確実に死んでました」
右手人差し指をぴんと立てながら、過去の出来事を語るベニーの表情に、黒ずくめの男は一瞬息を飲む。口調はいつものようなおどけた感じなのに、笑顔の中に明らかな苦い色があり、目がまったく笑っていなかった。
「あのとき助けたのはおまえに死なれたら、俺の監視人生が一からやり直しになるからだよ! ベニーちゃんが誰かと天珠を全うした暁には、俺も一緒に生まれ変われるわけだし」
芝居がかったベニーの笑みに、黒ずくめの男の顔がさらに引きつる。
「生まれ変わり……できるのでしょうか」
「してもらわなかったら、俺が困るんだって」
しょんぼりしながら告げられた言葉に即答したものの、現状の雰囲気から自分の願いが叶わないことを、黒ずくめの男は肌で感じていた。
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