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抗うことのできない恋ならば、いっそこの手で壊してしまえばいい47
「でしたら私が死ぬ前に愛した男の魂を、ここに連れて来てください。先輩お得意の裏工作を使って蘇らせてくれたら、この美貌を使って、その魂を持った人間を必ず堕とします。間違いなく、天珠を全うできるはずですので」
「裏工作って、そんなもの得意じゃないし」
なぜだか慌てた表情になった黒ずくめの男に、ベニーは追い討ちをかけるように語りかける。
「なにを言ってるのやら。伯爵暗殺のために、敵対勢力をそそのかしたり、子爵夫人に入れ知恵をしていたじゃないですか。彼女、妊娠なんてしていなかったでしょう?」
リズミカルに銛の柄を地面に突っつきながら、さらりと言ってのけたベニーの顔を、穴が開くほど凝視する。
「ベニーちゃん、言いがかりはやめてくれよ。そんな証拠がないだろう」
「ええ。今現在は証拠がない以上、立件できないのも事実ですが、貴方がアクセスした人物に顔写真つきで聞き込みをしたら、間違いなく成果をあげられると思うんです。なんなら調べあげた後に、その証拠を突きつけましょうか――」
おどろおどろしく赤く光らせたベニーの瞳を見て、黒ずくめの男は「ヒッ」と小さな声をあげた。
「私は……いえ僕はこれでも死ぬ前は、刑事だったんです。それなりにやり手のね」
「刑事? もしや刑事をしながら、汚い手を使って仕事をしていたから、やり手だったとか?」
たどたどしい言葉で問いかけた黒ずくめの男に、ベニーは独特な微笑を口角に浮かべる。相変わらず目が笑っていないせいで、底の見えない恐ろしさを感じさせる笑みに見えた。
「多少周りに迷惑をかけながらも、刑事としての仕事をきちんと果たしてました。ちなみに前世のカルマの酷さが、ここでアダになってる理由ですが、先輩が驚くようなことを、刑事になる前にしていたからです」
「ということは、成人する前に――」
「気に入ったヤツを何人も、無理やり犯したり」
「ゲッ!」
黒ずくめの男の顔色が、どんどん悪いものへと変化した。
「ここでいうところの、マフィアの息子と駆け落ちしたりと、それなりに波乱万丈な人生を過ごしました」
「ベニーちゃんが捕獲した、伯爵と大差がないことをしていたから、現世で生まれた途端に捨てられたり、幸せになりかけたと思ったら、男娼の館に売られたりしていたということか。納得……」
銛に突き刺さったままの獲物をしげしげと眺めつつ、黒ずくめの男は淡々と語った。
「ここで本当の恋をしたのは、自分の死を直感したからなのかもしれません。ですから今回ローランド様に、手を貸さずにはいられなかった」
ベニーは今までで一番、寂しげな笑みを浮かべた。
「死って、どうして――」
「なんとなく。伯爵に殺されるような気がしたのです。これも、刑事の勘っていうやつなのかもしれませんが」
「そんな……、そんなことは」
意味ありげな上目遣いで黒ずくめの男を眺めるベニーに、青ざめた顔でたどたどしい返事をする。
「口では否定的なことを言ってますが、先輩はご存知だったのでしょう?」
「知らないって」
確信をつく言葉に即答するなり、ふいっと視線を逸らした。その態度で、自分の指摘したことが正解だったのをベニーは知る。
「僕が殺される前に伯爵を亡き者にすれば、ローランド様の恋に諦めがつく。その弱ったところを僕が慰めながら愛を与えたら、きっとふたりは恋に堕ちるでしょう。みたいな筋書きといったところですかね」
「ははっ…ありふれた話すぎて、笑いすら起きない」
あらぬ方を見て答える黒ずくめの男に、軽快な口調で流暢に語りかけた。
「伯爵はローランド様と付き合いはじめて、まだこれからという時期です。週に何度も顔をあわせるくらいに熱々でしたのに、ある日を境に伯爵の足がぴたりと止まりました。普通なら、おかしいと思うでしょう」
ベニーが説明していると、銛に刺さったままの獲物が急に暴れだした。それを宥めるように、反対の手を使って撫で擦る。すると魚みたいに左右に蠢いていた獲物が、次第におとなしくなり、やがてピクリとも動かなくなった。
「おかしいだろうか。移り気な伯爵が飽きただけだろ……」
「なんでも自分のいいなりになる、綺麗なお人形を手に入れたばかりですよ。ですから逢瀬をやめた理由を、僕なりに推理したんです。伯爵は人一倍警戒心の強いお人でしたから、自身に向けられる何かを察知し、極力外出を控えていたんだと思います」
反論するのが難しいセリフの羅列に、黒ずくめの男の眉間に皺が寄る。
「やー、実際はどうだったのか……」
「笑えないと言いつつも、しっかり苦笑いを浮かべる先輩は、嘘がつけないみたいですね」
ベニーは作り笑いのまま空いている手で、黒ずくめの男の頬を引っ張った。
「いてててっ」
「本当に困った先輩です。好きな方と天珠を全うできずに、気がついたら300年生きてしまって、その救済措置が見守り人ということなのでしょう?」
自身の機嫌が悪くなると、どうにも話が不穏なところにいきつくことがわかっているのに、ベニーは口撃を止められなかった。
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