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抗うことのできない恋ならば、いっそこの手で壊してしまえばいい48
「バカにするな、俺だけじゃない。他にも、同じようなヤツがいるんだって」
「人の機微が読めないせいで、まともな恋愛ができず、他力本願とはお可哀想に」
ひょいと肩を竦めながら同情するような表情を見せられたことに、カチンときた黒ずくめの男は、ベニーに睨みを利かせた。
「ベニーちゃんにだけは、慰められたくない!」
「そういうところですよ。本来なら愛する人を目の前で失った、僕を慰めてほしいというのに」
「あ……。悪かった」
今頃そのことに気づいた黒ずくめの男は、バツの悪い顔をする。それを見て、ベニーはお腹を抱えて笑いだした。
どんよりした空模様に似つかわしくない態度を目の当たりにして、黒ずくめの男は仕方なさそうに声をかける。
「本当に悪かったって。ベニーちゃんに泣かれると、どうしていいのかわからない」
「笑いすぎたせいで、涙が滲んでるだけですよ」
「おまえのことを、赤ん坊のときから見ているんだ。わかってるに決まってるだろ。泣くのが恥だと思って、さっきからわざと笑ってるくせに!」
ベニーは指摘された涙を拭って、何度か頭を振る。切なげな彩りを飾るまなざしを、しっかりと黒ずくめの男に向けた。
「恥とは思ってません。空虚になった胸の穴の大きさに対処できなくて、こうして笑ってでもいないと、何もかもがその穴に吸い込まれそうなんです」
「とっとと、新しい恋を探すんだな。そうすればその穴も、自動的に埋まるって」
「嫌です」
「即答かよ! 相手は死んじまったんだぞ、絶対に無理だ」
スパッと言い放たれたベニーのセリフに衝撃を受けたのか、黒ずくめの男は唖然としながら返事をした。
「でしたら僕も死んで、あの世に行きます」
「うわぁ、最悪のパターンだろ。俺の見守り人の成績に、汚点をつける気か?」
黒ずくめの男は頭を抱えながら、しゃがみこんだ。
「成績なんていうものがあるんですね。それは大変……」
他にもわーわー騒ぎ立てる文句を聞きながら、ベニーは考えにふけった。これまでの流れを考慮しつつ、自分が優位になる話の道筋を、パズルのように頭の中で並べる。
「ベニーちゃんそれがわかったのなら、俺のために普通に恋愛して、一生を過ごしてくれ」
「僕に普通の恋愛を促したいのでしたら、簡単なことでそれが可能になります」
パズルができあがる前だったが、自分に優位な話をする絶好の機会を逃すまいと、嬉々としてベニーは口を開いた。
「簡単なことってなんだ?」
黒ずくめの男は訊ねながら、よろよろと立ち上がる。躰全体から、やる気のなさが漂っていたが、自分の願いを吐き出すように言葉に熱を込める。
「ローランド様の魂の入った人間に、僕を逢わせてください」
告げられた内容がわからなかったのか、黒ずくめの男は一瞬だけ呆けた。
「なっ、全然簡単なことじゃないだろ、それ!」
次の瞬間には怒号に変化したのにもかかわらず、ベニーの顔は穏やかなままだった。
「でしたら先輩の見守り人としての成績は、とても悲しい結果になるでしょうね」
目尻にある涙はとうに枯れ果てていたが、意図的に涙を拭う仕草をした。
「ベニーちゃん、さりげなく俺を脅してるだろ?」
あえて憐れむ姿を見せたというのに、黒ずくめの男は憮然とした表情を崩さず、話の核心に迫る。
「脅すなんてそんな。ただの交渉ですよ」
泣き落としがダメだったので、ベニーはしれっとしたまま腰に片手を当てて、小首を傾げるという堂々たる振る舞いをする。その姿を目の当たりにして、黒ずくめの男はうんと嫌な顔をした。
「だいたい赤ん坊のときから見てる野郎に、恋愛感情を抱ける、おまえの神経がわからない」
両手を使ったオーバーリアクションで語りかけると、ベニーは信じられないといった感じで、両目を瞬かせた。
「自分好みの男に育てる、楽しみがわからないとは。だから恋愛ができないんですよ」
「そんな酔狂な趣味は持ち合わせていないし、俺は男に興味ないからな!」
「でしたら新しい扉を開くべく、僕が手ほどきをしてあげましょう。それがきっかけとなり、恋愛することができるかもですよ?」
くすくす笑いながら黒ずくめの男にウインクしただけじゃなく、わざわざ舌なめずりまでしてみせた。
「誰と誰が恋愛するって?」
ベニーは無言で自分を指し示したあとに、黒ずくめの男に指をさした。
「たとえおまえが女であっても、恋愛対象にはならない。趣味じゃないからな!」
「もちろんこの伯爵と違って、僕のストライクゾーンは広くありません。残念ながら先輩は、僕の好みからかけ離れています。そこを我慢してまで、交渉しているというのに」
「おまっ、さりげなく伯爵と一緒に、コケにしやがったな!」
アピールするように、目の前で獲物を揺すりながらカラカラ笑うベニーに、黒ずくめの男はゲンナリした表情を浮かべる。
「悠長に、交渉している場合ではなさそうです。そろそろここをお暇せねば、混乱に巻き込まれそうですね」
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