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抗うことのできない恋ならば、いっそこの手で壊してしまえばいい49

 屋敷の中でおこなわれている、騒ぎの様子を耳にしながら、銛に刺さったままでいた獲物を引き抜き、空に向かって放った。光り輝きながらゆっくりと落下して手の中に戻ったそれは、青リンゴに姿を変えていたのだが――。 「ところどころ傷んだ色をしているな、それ……」  ベニーは持っていた銀の銛を消し去り、青リンゴを一口頬張りながら颯爽と車に乗り込む。 「先輩、早く乗ってください」 「悪い悪い。面倒なことに巻き込まれないように、さっさとズラかるぞ!」  黒ずくめの男が後部座席に乗り込んだ途端に、車が発進された。勢いよくアクセルを踏み込んだベニーの顔に、明るい兆しが見え隠れする。慌てて乗ったため、体勢を崩しながらその様子を眺めていた黒ずくめの男が、重たい口を開いた。 「ベニーちゃん、このあと、どうするんだ?」  話しかけながら背もたれに身を預けつつ、シートベルトを締めた。 「どうって亡き主に頼まれた事後処理を、執事として完璧にこなすだけです」 「執事として、ねえ……」  しばらくの間、静まりかえった車内に、青リンゴを咀嚼する音だけが響く。 「それが終わればお役御免ですから、執事としての配役も終了でしょう」  追手がやってこないか、ルームミラーで背後を気にしつつ、ハンドルを操った。  見えない深手を心に負っているせいか、ミラーに映る人物が一瞬だけ、ローランドに見えてしまうことにひどく落胆した。 「どこかのお屋敷で、執事として雇われる気はないのか?」 「ありません。案外この世界は狭いんです。ローランド様に仕えていたのを逆手にとられて、嫌がらせをされても、気持ちのいいものではないでしょう?」 「確かに。男爵という立派な爵位があるっていうのに、住んでるところであんなにも他の貴族にバカにされるとか、俺だったら耐えられない」 「住んでいたところで、バカにされていたわけじゃなかったんですけどね。アジャ家は歴史も浅い上に、銘柄もろもろ何かと問題のあるお屋敷でしたので。ローランド様は若くして、爵位を継がれたことで目の敵にされておりましたし、前男爵もかなりの頑固者で有名でした」  アジャ家に仕える身として、やっと他人に苦労を吐き出した瞬間だった。 「ふーん。もう執事をしないとしたら、このあとどうするんだ?」  黒ずくめの男からの問いかけに、むっつりと黙り込んだベニー。今後の方針は決まっているものの、職について考える余裕がまったくなかった。自分の秘めた願いを叶えるプロセスを考慮することだけに、神経を集中する。 「先輩に、さきほど言ったじゃないですか。僕の願いを――」 「え~、あれマジだったのか。俺を巻き込んでまで叶えさせたいとかベニーちゃん、図々しいにもほどがある!」 「図々しくもなりますよ。だって僕のこの命は、たったひとつしかないのですから」  疑惑つきの出生のせいで、周囲からは奇異の目で見られていたローランド。表面上は怖気づいていたが、内に秘めた熱い心――男爵としての地位を守るために、プライドを持って、難しい仕事に取り組んでいたのを知っているからこそ、惹かれずにはいられなかった。  ベニーが幼い頃に憧れた人の血を受け継ぐ印になる朱い髪と、宝石のようなのエメラルドグリーンの大きな瞳は、吸い込まれてしまいそうになるくらいに、魅せられるものだったが――。 「ローランド様が次に転生なさる人物は、どのようなお方なんでしょうね」 「俺はまだ、おまえの願いを叶える片棒を担ぐなんて、ひとことも言ってないぞ!」 「先輩が裏工作に奔走しなければ、ローランド様の寿命はまだ伸びていたはずなのです。僕の言いたいことは、当然おわかりですね?」 「く~~~っ、俺が断ったら、どうするつもりなんだよ?」  ベニーの両目が、糸のように細められる。 「先輩が断れないように、とことん追い詰めてさしあげるだけのこと」 「ベニーちゃん、たとえばそんなことをしてさ、上の人に怒られちゃったりしたら、どうするんだよ?」  車の天井を指さして指摘したセリフに、ベニーは小首を傾げた。 「僕のような人間を蘇らせた時点で、まともな生き方をしないことくらい、上の偉い人は想定内だと思います」  ハンドルを両手に握りしめながら、肩をひょいと上げてみせる。 「なんだよ、それ。わかってて、おまえを生き返させたっていうのか」  唇を尖らせてぶーぶー文句を言う姿を、ルームミラーで確認した。  交渉を決裂させないために、これ以上機嫌を損ねるのはナンセンスだと即座に判断し、さっさと話題を切り替える。 「先輩が自分のために、裏工作することもわかっていたのでしょうね。ちなみに見守り人をするにあたり、どうして僕を選んだのでしょう?」 「適当だ。この中にいるヤツから好きなの一人選べって言われて、赤ん坊の顔写真付きの分厚いファイルを、何十冊も見せられた」  至極つまらなそうに、車窓を眺めながら告げられた言葉を聞き、ベニーは「なるほど」と短く呟いて、相槌を打った。

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