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第二夜(前編)

 †  その日の早朝、心配された祖父母には昨夜はどうにか凌いだと嘘をつき、午後からの講義に出席するため家を出た。  祖父母の家から山中にある大学まで一時間。蛇行する坂道を行けば第一号館生活学科の門前が見えてくる。そこで総吾は今朝方見たばかりの如月 閏(きさらぎ うるう)と鉢合わせになった。  彼の顔に疲労感は跡形もなく消え失せている。服装も当初とは違い、襟付きのシャツとスキニーパンツを身に着けていた。  胸の前で腕を組み、普段よりもつり上がっている。いつも明るい笑顔を絶やさない彼の仕草とは考えられないほど、挑むような視線を向けてきた。  どうやら彼は傷心に浸るというよりも随分とご立腹らしい。そのことに、総吾は内心ほっと安堵した。幼い頃から他人と距離を保っていた総吾は常にこういう視線を送られ続けていた。他者から敵意を向けられるのは慣れている。  絶望されて泣かれるよりずっといい。  そう思う総吾を余所に、閏は尖った顎をツンと突き出した。総吾に抗議する赤い唇が動く。その魅惑的な唇を見た瞬間、彼の唇を奪いたいという衝動に駆られた。  そして華奢な腰を引き寄せ、彼を組み敷いてしまえたらどんなに可愛く鳴くのだろうとも――。今まで抱いたことのない欲望が過ぎる。  頭がどうにかなってしまいそうだ。  総吾の眉間には深い皺が刻み込まれていることだろう。不機嫌な表情をしているに違いない。行き交う学生達は皆、門前で対峙する閏と総吾を避けるようにして、それでも興味津々といった様子で通り過ぎて行く。なにせ総吾と対峙している相手は大学内で人気のある彼だ。興味が湧くのも理解できる。

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