「びええええええええん！ ママァーッ！ ふええええええん！」 突然とどろいた低い泣き声に、私は「うぎゃっ！」と悲鳴をあげ、肩を強ばらせる。見れば紗月くんに抱きしめられていた兄貴が目を覚まし、顔いっぱいに渋面を広げて泣いていた。 「か、カズくん？ どうしたの……？」 紗月くんは慌てた様子で兄貴の身体をあやすように揺すった。「おしっこ？ それともうんちに行きたいの？」 「おなかすいたああああうえええええん！ おっぱいいいいいいい！！」 私は勢いよく白目を向いた。紗月くんの発言も相当メンタルに刺さったが、32歳の強面のにーちゃんがおっぱい欲しさに号泣している絵面に耐えられない。ここで気を失うことができたら、どれだけいいだろう……そんなことを生まれて初めて思った。 「おっぱいって、ここにいる誰もお乳出ないよぉ」 美和は自らの、なだらかではあるが愛と夢と希望と控えめなエロスが詰まった胸部に手を当て、あわあわしている。「千景ちゃん出る？」 「出るわけないでしょ……」 私も美和に倣って平らなバストに手を当て、狼狽えながら答えていると、紗月くんは着ていたオリーブ色のシャツのボタンを外し始めた。３つほど外せば胸元が晒され、私はぎょっと目を剥いた。 紗月くんの透き通るような素肌に、おびただしい数の鬱血痕が広がっている。鎖骨のあたりから胸板まで、痛々しいほどに赤黒いそれが散らばっていたのだ。 「……あ、見苦しいもの見せて、ごめんね」 私の仰天した顔を見てか、紗月くんは居た堪れないと言わんばかりの表情で苦笑し、謝ってくる。そして、泣き喚く兄貴に対し、「ほら、おっぱいですよー」と優しく声をかけた。 兄貴は餌を乞う鯉のような顔をして、紗月くんの胸にしゃぶりついた。あまりにもグロい光景に、思わず「ひっ」と小さな悲鳴が漏れる。 「さ、紗月くん……」 「カズくん、赤ちゃんになってからこうして何度か、授乳してもらおうとねだってくるの」 乳首ではない場所をちゅうちゅうと無我夢中に吸う兄貴を、紗月くんは愛おしげに見つめながら、そう教えてくれる。 「お陰で、こんなことになっちゃって……」 へぇ……人間のおっぱいって、ふたつだけじゃないんだぁ。 というか、そもそも母乳など出ないのに、授乳というのはこれ如何に……。 けれども紗月くんの姿は、我が子を慈しむママに見えなくも、ない……。うん、自分がヤバイことを言ってる自覚はある。