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第6話
メイド服を着ろという山上の指示に、いつになく譲は動揺した。いくら仕事でも女装は無理だ。気持ち悪さが目立つので、女装だけは避けた方がいいと説得した結果、ドラキュラに落ちついた。直木も同じような西洋風のスーツを着ているが、まるで舞台役者のような風貌に早くも受付の女の子が見惚れていた。それが譲はあまり面白くなかった。
見知らぬ他人に、仕事のためとはいえ愛想を振りまく直木はどうかしている。相変わらず譲に対して良い先輩ではあり、何を考えているか掴めないところもあった。
予め建物内の図面は入手し、念入りに打ち合わせもした。自信を持っていかなければ、ミスをしてしまう。深呼吸して譲は直木と共に会場へ入った。
薄暗い室内は、タバコや香水の匂いで目眩を起こしそうだった。
『気に入ったウサギさんがいたら、声をかけてもらって構いません。交渉次第で奥の部屋へ連れ出してくださってOKです。勿論、パーティーも楽しんでいってくださいね。ハッピーハロウィン♡♡』
うさ耳を着けた女の子にウィンクされ、譲はぞぞわと鳥肌が立った。
地下にあるここは、50畳ほどのホールと、奥に事務所的な個室がある。ホールには、ざっと数えて100人ぐらいの男女が溢れていた。様々な衣装に身を包み酒を飲みながら団欒している。
ここまでごった返していると、誰が誰だか分からない。これは明らかに2人で手が足らない。
外で待ってる山上達に応援依頼をしたほうがいいのではと直木に視線を送ったが、否定の意味で首を振られた。
「おにーさん達、飲み物いかがですか?」
これまた別のウサギに声を掛けられる。トレイに乗ったシャンパンを勧められて、直木は軽く口をつけた。アルコールに弱い譲は遠慮する。
「盛り上がってきましたね。私達ウサギも久々でみんな張り切ってます」
「賑わってるね。可愛いウサギが揃ってる。オーナーの大林さんがいなくなったって聞いたんだけど、誰の人選?」
突然、そしてさり気なく直木は話を振った。譲は関心しながら息を呑む。違和感なく引き出そうとする直木さんは、やっぱりすごい。ウサギは怪しむことなく話を続けた。
「そーなんですよー。オーナーがいきなり死んじゃって、突然仕事が出来なくなったから、本当に困っちゃって。しかも、殺されたって聞いて気味が悪いしぃ」
「でもこうして復活できたよね」
「すべて安仁屋さんです。安仁屋さんが、バイト達の要望聞いてくれて復活できました。好評だったら、またやろうって言ってくれてます」
「安仁屋さん?」
「もう1人のオーナーです。最後に挨拶すると思いますよ。さっき姿を見たから、奥にいるんじゃないかな」
「そうか……それは楽しみだ」
「それよりも……おにーさん、私とどうですか?買ってくれません?」
ウサギの目付きが色を持って直木を眺めている。
「来たばっかりなんだ。あちこちに目移りして、まだ決められない」
「残念。またあとで来ますね。私も候補に入れといてください~」
「ああ……分かった。考えとくよ」
直木は少しも笑わずに、奥へ行くよう譲に目配せした。
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