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番外編 ワンライお題『お揃いのコップ』
『恋人』って、なんだろう。
透は最近、度々ふと考える。
一般的には恋愛関係にある相手のこと、とあるけれど、そもそも恋愛関係と呼べるのは、どんな関係を言うのだろうか。
この日も喜多川の部屋に訪れている透は、リビングで課題をこなしつつ、開け放たれた寝室の入り口へチラリと視線を向けた。
透の位置から半分ほど見えるベッドの上には、喜多川が布団も被らず横になって寝入っている姿が見える。透の存在なんて気にせずに眠っているのは、相変わらずだ。
そんな喜多川と透の関係は、世間一般にはなんと呼ぶのだろう。
例えば二人で何処かへ出掛けたり、甘い言葉を交し合ったりなんてことは、自分たちには無縁だ。喜多川は不必要な外出を面倒だとすぐに渋るし、寄越される言葉はいつだって素っ気ないものばかり。
じゃあ単なるクラスメイトかというと、決してそんなこともない。
発情期にはもう二度も身体を重ねているし、何よりこうして自宅に招き入れてくれている。
「喜多川は手に負えない獣みたいだ」と、学校での彼の姿しか知らない人たちは言う。
だとしたら、そんな獣の傍に居ることを許されている透は、猛獣使いか何かだろうか。
ベッドに横たわる喜多川が毛並みのいい狼みたいに見えて、思わず口許が緩む。
猛獣使いだって充分特別な存在だろうから、それはそれで悪くないか、と透は気分転換にキッチンへ立った。ある程度室内を自由に使うことも、喜多川には許しを得ている。
ミルクと砂糖を多めに入れたコーヒーを飲もうと棚を開けたところで、透は眼鏡の奥の瞳を見開いた。
前に来たときにはなかった、新しいマグカップが二つ、仲良く並んでいる。
一つは白、一つはネイビー。それぞれにお互いの色のラインが一本入った、シンプルな揃いのマグカップ。
「これ……」
喜多川が買ったの?
どうして?
呆然とマグカップを見詰めていると、寝室から微かな物音がした。ハッとして顔を向けると、ベッドの上でのそりと身を起こした喜多川が欠伸を漏らしていた。
……もしかして、この一つは俺専用?
聞きたかったけれど、きっと喜多川からはぶっきらぼうな答えしか返ってこない。何より、喜多川は聞かれることを望んでいない気がした。
「……おはよう。喜多川、コーヒー飲む?」
「あ? ……ミルクも砂糖も入れんなよ」
「このマグカップ、使っていい?」
棚からそっとペアのマグカップを取り出す。寝室から、まだ少し眠そうな顔で出てきた喜多川は、一瞬だけ視線を寄越して「好きにしろよ」とだけ呟くと、今度はソファに転がった。
喜多川との関係に、何と名前を付けていいのかはわからない。
けれどいつの間にか用意されていたお揃いのマグカップ。そこに透が淹れたコーヒーを、当たり前みたいに喜多川が飲む。
それはとても特別で、甘くて優しい関係に思えた。
面と向かって「好きだ」なんて言われたこともないけれど、それでも透は喜多川のことが好きで。
透にとっては、喜多川が『恋しい人』なのだから、心の中で密かに『恋人』と呼ぶくらいの自惚れは、許して欲しい。
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