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第1―2話

桐嶋に『翔子』と呼ばれた『お姉さん』はそのままの姿でぐるっと4人を見渡すと早口で言った。 「禅ちゃん以外もう覚えて無いだろうから言っとくわね。 アタシ紅(くれない)翔子。 とりあえずシャワー浴びたいから、あんた達、先に洗面終わらせてくんない? 洗面所はこの廊下の突き当たりの右。 タオルは洗面所にあるし、使い捨ての歯磨き粉付きの歯ブラシは洗面所の右側の引き出しに入ってるわ。 電動髭剃りとかもテキトーに使って。 ほら、行った行った!」 翔子にパンパン手を叩かれて、桐嶋を先頭に高野、羽鳥、雪名が続く。 洗面所は白と金のロココ調でまとめられており、さっきの翔子との落差に4人とも眩暈がしそうだ。 それでも交代に洗面を済ませ、リビングに戻る。 すると翔子はカツラを取っており、着替えらしき物を抱えてまた仁王立ちしていた。 「ローテーブルに鎮痛剤とミネラルウォーターと翔子特製フレッシュドリンク置いといたから飲んでて。 朝食はそれから」 翔子はそれだけ言うと、蛍光ピンクのキャミソールを翻し、バスルームに向かった。 リビングに残された4人はソファに座り、翔子の言われた通りにまず鎮痛剤をミネラルウォーターで飲んだ。 そして毒々しい緑色の『翔子特製フレッシュドリンク』を見つめる。 味に期待は出来ないだろう。 誰も手を出せずにいると、雪名が 「意外とこーゆーのって美味いっすよね」 と言ってゴクゴク飲み出した。 桐嶋、高野、羽鳥が真っ青になる。 雪名は一気に飲み干すと 「チョー上手いっす! 気分が良くなりますよ!」 とキラキラ笑顔で言う。 それじゃあという事で桐嶋と高野と羽鳥も飲むと、フルーティで本当に美味しい。 二日酔いの胃もたれがスーッと引いていく。 全員で『翔子特製フレッシュドリンク』を飲み終わり、一息ついていると、高野が言った。 「桐嶋さん、あの翔子さんって方はどなたですか?」 「昨日、井坂さんに連れて行かれた…」 その時、「キャーッ」と男のような女のような微妙な声で悲鳴がした。 桐嶋と高野と羽鳥と雪名がそちに目をやると、蛍光パープル、ブルー、イエロー、のキャミソールを着た三人が顔を押さえて立っていた。 「いやーっ!イケメンが先に起きてるぅ!」 「化粧崩れ見られたぁ!」 「恥ずかしいー!」 と、三人で固まってギャーギャー言っている。 桐嶋達がポカンと三人を見ていると、ドスの効いた怒鳴り声がした。 「うるさいっ! あんた達もシャワー浴びてきな! 朝飯無いよ!」 「はぁ~い」 三人が着替えを持って、バスルームに向かって行く。 翔子はグレーのスエットの上下を着ている。 ドロドロに崩れた化粧を綺麗に洗って無精髭も剃った翔子は、短髪も相まってキリリとした男らしい顔をしている。 それにどっしりした太い身体が、やはりお相撲さんを連想させる。 翔子も鎮痛剤と特製フレッシュドリンクを飲むと、フーッと息を吐き、「和食でいいよね」と言うと、真っ白いフリフリエプロンを付けてキッチンに立つのだった。 翔子がキッチンに行って、桐嶋は小声で話し出した。 昨夜、突然井坂に「面白い所に連れて行ってやる。ブックスまりもの雪名くんも呼べ」と言われ、銀座のオカマバーに連れて行かれた。 それは高野も羽鳥も雪名も覚えていた。 そこは超一流クラブと変わらないオカマバーで、桐嶋も井坂に連れられて何度か来たことがあった。 しかし井坂は週末を楽しむ為に、4人を連れ出した訳では無い。 明確な目的があったのだ。 桐嶋はそれを翔子に相談していたが、何しろ美形イケメン男前の4人が揃っていてオカマのホステス達は大騒ぎ。 オカマバーに来たことの無い高野と羽鳥と雪名は、完全にその勢いにのまれてしまった。 桐嶋も一通り翔子に説明を終えると、これまた久しぶりに会ったからとはしゃぐ翔子に潰されてしまったらしい。 「井坂のやつ、こうなることを分かっていて、俺達を『紅』に置いていったな」 桐嶋が忌々しげに言う。 「あ、そーいや、あの店『Bar 紅』っていうんでしたね」 高野がウンウンと頷く。 「それで桐嶋さんの相談ってなんだったんですか? それに俺達4人が井坂さんに選ばれた理由は?」 羽鳥が冷静に訊き、桐嶋が「それはな…」と言いかけた時、「お待たせー」と陽気な声がした。 それは蛍光パープル、ブルー、イエローのキャミソールを着ていた三人組だった。 翔子と同じくスエットの上下にスッピンだが、やはり超一流オカマバーで働くだけあって、桐嶋達は男だと分かっているので、どうしても男に見えてしまうが、かわいいし綺麗な子が揃っている。 それに翔子と違って、皆ロングヘアだ。 「ほらほらあんた達も鎮痛剤飲んでフレッシュドリンク飲んだら手伝って!」 翔子に言われて三人は「はーい」とかわいらしく返事をした。 結局、桐嶋から高野と羽鳥と雪名は事情を聞けること無く、訳の分からない朝食が始まった。 翔子とホステス3人はダイニングテーブルで、桐嶋達4人はローテーブルで食べている。 翔子は料理が得意らしく、和食で統一された朝食は凄く美味しい。 しかし桐嶋達4人に流れる微妙な空気は否めない。 桐嶋達が半分程食べ終わったところで、お茶を片手に翔子がローテーブルにやって来た。 もう食べ終わったらしい。 「禅ちゃん、アタシこれから予定があるから、今日はごはん食べたら帰ってね。 その代わり明日はお店も休みだし、昼間ゆっくり会いましょ。 禅ちゃんに相談された資料が揃ってる所の方が話は早いし、池袋の東口に午前11時ね。 食べたいラーメンがあるのよね~!」 桐嶋の相談と翔子の食べたいラーメンがなぜ繋がるのかは不明だが、話はどんどん進んでいく。 うーんと考える桐嶋と、事情が一切分からず不安に満ちて黙り込む高野、羽鳥、雪名を翔子が一喝する。 「ホワイトデーまで一ヶ月無いのよ!? グズグズしない!」 桐嶋がハッとしたように翔子の顔を見て「分かった」と力強く頷く。 高野、羽鳥、雪名が一気に青ざめる。 「ママ~、アタシ達も行きたーい! 役に立つと思うしぃ!」 ホステスの子達がキャッキャウフフと言い出して、翔子の「それもそうね」という一言で、明日もこのメンバーで会うことが強制的に決まったのだった。

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