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第1―3話
朝食が終わると、桐嶋と高野と羽鳥と雪名は、翔子に追い立てられるように部屋を出された。
マンションを出てみるとそこは豊洲のハイグレードマンション。
吉野の住むマンションにも負けてはいない。
そこで4人はいったん銀座に出ると、カフェに入った。
別に喉が乾いていた訳では無い。
桐嶋に事情を聞く為だ。
飲み物が揃うと桐嶋が切り出した。
「羽鳥、一之瀬先生のところで柳瀬くんに会ったことを覚えてるか?」
それは羽鳥もハッキリ覚えている。
バレンタインデーの直後、一之瀬絵梨佳のアシスタントのナンバー1とナンバー2が二人揃ってインフルエンザで倒れてしまった。
もう原稿はペン入れが始まっている。
高野は必死にアシスタントを探したが、一之瀬絵梨佳のナンバー1と2の作業をカバーできるアシスタントがそう簡単に見つかる訳も無い。
高野は現状を把握すると、直ぐに羽鳥に相談した。
柳瀬にアシスタントを頼めないかと。
伝説のプロアシスタント柳瀬が吉川千春のチーフアシスタントをしていることは、少女漫画家の中では有名なので、羽鳥を挟んで吉野と微妙な関係にある一之瀬は柳瀬にアシスタントを頼んだことは無かった。
だが、今はそんな事を言っている場合では無い。
羽鳥は柳瀬にアシスタントを依頼した。
柳瀬はその場でキッパリ断ってきたが、困っている羽鳥をみかねた吉野が後から柳瀬に頼んでくれて、最終的に柳瀬は「千秋がそこまで言うなら」と一之瀬のアシスタントを引き受けてくれた。
だがここで誤算が起きた。
羽鳥と柳瀬が犬猿の仲であることは、ごくごく一部の人間しか知らない。
知っているのは吉野本人とエメラルド編集部の編集部員くらいだろう。
何も知らない一之瀬は、羽鳥の頼みで柳瀬が来たことも無い自分のアシを引き受けてくれたと思い込み、羽鳥と柳瀬の仲が良いと誤解してしまった。
それで一之瀬の要望で高野の代わりに羽鳥が一之瀬の仕事場に差し入れを持って行ったりすると、「羽鳥さんも柳瀬くんとお茶して帰って」と柳瀬を羽鳥と二人で休ませようとするのだ。
一之瀬にしてみれば、柳瀬の頑張りに対し、せめて『仲良しの友人と休憩してリラックスして』というところだろう。
だが柳瀬にとっても、羽鳥にとっても、二人きりでお茶するなど苦痛以外の何ものでもない。
しかし、これも仕事。
そう割り切って柳瀬と羽鳥が一之瀬の仕事場の応接室で、二人向き合い、ケーキの苦手な柳瀬の為に用意された和菓子とお茶を無言で食べていたところ、柳瀬がバッグから女性誌サイズの三冊の本を取り出した。
そして付箋の付いたページを熱心に見ている。
羽鳥は見る気は全く無かったが、柳瀬が本をテーブル置いて見ているので、自然と羽鳥の目に入ってきてしまう。
それは春夏のファッション物の手作り本らしかった。
こいつ手作りするのか…
羽鳥はそれくらいしか思わなかったが、あるページを見た時ハッとした。
吉野は柳瀬よりは小柄だが、それ程体型に差がある訳ではない。
柳瀬の方が身長が5センチくらい高くて、華奢で細い吉野より、普通サイズというくらいだ。
ファッションに疎い吉野は、柳瀬に連れて行ってもらい、柳瀬の行きつけのセレクトショップでよく洋服や小物を買う。
そこはユニセックスの服の品揃えも充実していて、吉野に似合う服や小物が揃っており、柳瀬が吉野に選んでやる洋服や小物は、羽鳥にとっては甚だ不愉快この上ないが、かわいいと思わざる得ない。
そのページには、年明けに柳瀬と吉野が買い物に行って、吉野に一番似合っていたコーディネートにそれぞれ似ている物が載っている。
まさか…吉野の為に?
羽鳥は思わず訊いていた。
「柳瀬、吉野に何か作ってやる気なのか?」
柳瀬が仏頂面で羽鳥を見る。
「お前に関係ねーだろ」
羽鳥はこの返事で、柳瀬が作る気なのだと確信した。
もし柳瀬に作る気が無ければ「作らねーよ」の一言が返ってくる筈だ。
「お前に関係ねーだろ」ということは、作る、という柳瀬語だ。
羽鳥は心中穏やかでは無かった。
このページの何を手作りしてやる気なんだ?
そもそも誕生日でもないのに、手作りプレゼントってどういうことだ?
漫画を描く以外不器用な吉野のことだ。
ファッション系の手作りの物をプレゼントされたりしたら、大喜びするだろう。
『優!ありがとう!大好き!』
吉野の喜ぶ笑顔が目に浮かぶ。
感激の余り、柳瀬に抱きつくことも有り得る。
そして『それ』を愛用するだろう。
くそっ…せめて何の為のプレゼントか分かれば…
羽鳥が悶々とした日々を送っていると、ある日企画会議が予定よりかなり早く終わり、横澤に話しかけられた。
二人で近況を話し合う。
その時、羽鳥はふと先日の柳瀬の本のことを思い出した。
横澤は男らしい見た目と違い、家事が万能なのだ。
「横澤さんは、洋服系の物って手作りしたことありますか?」
「洋服…まではねーな。
まあ髪飾りとか、ブローチっつーかコサージュみたいなのは作ってやったけど」
「へえ…誰にですか?」
横澤がパッと赤くなり、ゲフンゲフンと咳き込む。
「いや…その…ちょっとした知り合いのお子さんにだ」
「そうですか。
それで今頃作るって、何か意味があると思いますか?」
横澤は今度はあははと豪快に笑った。
「嫌だねーこれだからモテ男は!
貰うことに慣れちまってるから、あげることまで頭が回らねーんだろ。
あるだろう、バレンタインデーと言えば?」
羽鳥は目を見開いて横澤を見た。
「ホワイトデー!」
それを横澤が夕食の席で桐嶋に話した。
桐嶋はひとしきり考えた後、いつものようにジャプン編集部にフラリと現れた井坂に訊いてみた。
「お前、朝比奈さんがホワイトデーにファッション小物を手作りしてくれたらどうする?」
井坂は「バカヤロー!!超嬉しいに決まってるじゃねーか!お礼に何でもしちゃうな!」とうきうきの返事だ。
お礼に何でもしちゃうな!だと!?
桐嶋の頭の中は一瞬にして、横澤が普段は許してくれない、あんなことやそんなことの妄想で膨らむ。
これは…やるしかない!!
それに桐嶋には井坂に以前から相談されている仕事があり、それを使って井坂を巻き込む絶好のチャンス到来だ。
「井坂、今夜空いてるか?」
「ん?おう空いてるぜ」
こうしてホワイトデー大作戦は幕を上げたのだった。
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