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第1―4話

そして桐嶋と井坂は、井坂御用達の赤坂の料亭に行った。 桐嶋が切り出す。 「あのホビー本の編集後記、やってやってもいいぞ」 「マジか~!!」 丸川書店では勿論ホビー本も数多く出版している。 その中にある人気の月刊誌がある。 それは洋服やアクセサリーや生活小物を手作りする本だ。 この月刊誌の売りは、普通はそれぞれ専門誌で出すような内容を季節に合わせて一冊の本にしているところだ。 手作りが好きな人には楽しくてたまらないだろう。 そしてその本には人気のコーナーがある。 それは編集後記でその本の編集者が手作りにチャレンジして、その過程と成果を披露するのだ。 手作り本は作っていても、手作り自体はド素人の編集者が四苦八苦して作る過程が勉強になると好評で、アンケートでもいつも上位をキープし、その出来上がった物を次号で特集して欲しいというリクエストも数多く寄せられる。 ただ最近マンネリ化してきたな、と井坂は思う。 編集者が何巡もするせいで、編集者の得意分野も自然と決まってきてしまい、読者が編集者名を見れば『今月はこれね』と予想がついて楽しみが半減してしまう。 しかも編集者の腕前も上がってきてしまい、スムーズに物作りが出来るようになって、読者としては苦労して出来上がる過程が楽しいのに、余計つまらない。 最近はアンケートの順位もガタ落ちだ。 そこで井坂はテコ入れを考えた。 読者は『編集者』がチャレンジしていることを期待している。 それなら、特別企画と銘打って、違う雑誌の編集者がチャレンジするのはどうだろう? その雑誌の宣伝にもなる。 そしてこの手作り本の読者の90%以上は女性だ。 イケメン編集者の手作り四苦八苦!! これは絶対ウケる!! そう確信した井坂は、まず桐嶋をトップに持ってこようと考えた。 容姿は問題無いどころか芸能人並、そしてジャプン編集長という立場。 イケメン編集長自ら、苦労して手作りした作品を披露する!! これは女性のハートをがっちり掴むだろう。 だが、桐嶋にその話を持っていったところ、アッサリ断られてしまった。 理由は『時間が無い』。 確かに編集長の桐嶋は多忙だ。 そう言われてしまうと、桐嶋の仕事を熟知している井坂も強引にはなれない。 しかもジャプンとは全く無関係の仕事なのだ。 それでも井坂は諦め切れなかった。 ジャプン編集部に訪れては、桐嶋との話にさり気な~く手作り本の話を混ぜていた。 しかし相手は百戦錬磨のジャプン編集長。 いかに相手が井坂と言えども、のらりくらりと返事をかわされてしまう。 それがここに来て、どんな心境の変化があったか知らないが、桐嶋自ら「やってもいい」と言い出した。 井坂は料亭で「全面協力するから!領収書は忘れずにな!」と高らかに笑った。 桐嶋の頭の中は『横澤へのホワイトデーの手作りプレゼント=あんなことやそんなこと全部OK』で一杯だったので、井坂の言う『全面協力』も、その月刊誌によく出ている手芸の先生でも紹介してくれるのかと軽く考えていた。 しかし突然連れて行かれたのは『Bar 紅』。 しかもエメラルド編集部の高野と羽鳥、ブックスまりもの雪名と一緒に。 これで桐嶋は井坂の計画に気が付いた。 自分の次に、高野、羽鳥、雪名に編集後記の企画をやらせる気なのだ。 そしてそれプラス翔子ママを絡ませる。 井坂は『Bar 紅』で、高野と羽鳥には「社長命令だ」とキッパリ言い、雪名には機嫌良く「アルバイト代は弾むから!」と言った。 高野は憮然としていたが、羽鳥と雪名は案外乗り気だった。 だがその高野も、井坂の「出来上がったら七光りにプレゼントしてやればいーだろ。アイツ超喜ぶだろうなー!!」という一言で「やります!」と言った。 だが、『Bar 紅』で話したことは、桐嶋以外皆うろ覚え…というか殆ど覚えていなかった。 ここまでを銀座のカフェで桐嶋が説明すると、高野が言った。 「その手作り企画はともかく、何で俺達は翔子ママの自宅に連れていかれたんでしょうか?」 桐嶋は脱力したようにフッと笑った。 「翔子ママにダメ押しさせる為だろうな。 翔子ママも一枚噛んでるんだよ。 オカマの先生とイケメン編集者の手作り企画…ウケないワケねーよな」 「翔子ママって先生なんですか?」と羽鳥が訊く。 桐嶋が頷く。 「明日会えば分かるが…先生どころじゃない」 高野と羽鳥と雪名が息を飲む。 すると、雪名が不思議そうにポツリと呟いた。 「俺、編集者じゃないのに…何で…」 桐嶋が力無く笑う。 「雪名くんも選ばれちゃったんだよな…。 キラキラ王子様現役美大生がオカマの先生と四苦八苦な手作り企画。 編集者の間にスパイス的に入れたら、読者にウケること間違い無しだろ? それにプレゼントしたい相手もいるから断らないだろーし。 ホワイトデーに手作りした物、恋人に渡したくないか?」 雪名がポッと赤くなり、高野と羽鳥がハッとする。 そうだ…ホワイトデー!! それまで停滞していた空気が、にわかに活気づく。 高野が「社長命令じゃ仕方ないですよね!」と言えば、羽鳥も「仕事ならきちんとやり遂げましょう!」と力強く言い、雪名も「実はホワイトデーって恋人の誕生日でもあるんです!!」と嬉しそうに続く。 桐嶋もニヤケそうになるのを必死で堪え「頑張ろうな!」と締め括るのだった。

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