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第1―7話

話は数時間前に遡る。 桐嶋が午前11時頃帰宅すると、まず日和が飛び出して来た。 「お父さん、お帰りなさい! お仕事お疲れ様!」 「うん、ひよ、ただいま。 変わったことは無かったか?」 「全然! あ、昨夜横澤のお兄ちゃんとトランプしてねー超楽しかった! お兄ちゃん、弱いんだもん!」 クスクス笑う日和の頭を、桐嶋も笑って軽くポンポンと叩く。 昨夜の飲み会は急に決まったので、桐嶋の母親の都合がつかず、土曜から日曜にかけて泊まりに来る予定だった横澤が「それなら俺が泊まりに行ってやる。1日早く泊まりに行っても大して変わんねーし」と言ってくれて、日和の世話と留守番を引き受けてくれた。 リビングに桐嶋と日和が入ると、横澤がキッチンから顔を出した。 「桐嶋さん、お疲れ様。 朝帰りになるなんて大変だったな。 昼飯はレタスチャーハンだけど食えそうか?」 横澤特製レタスチャーハンは桐嶋の好物のひとつだ。 「食える食える! じゃあシャワー浴びてくるな」 桐嶋はうきうきとバスルームに向かった。 それから午後は仮眠をとって完全復活した桐嶋は、日和と横澤には急ぎの仕事があると言って、寝室でパソコンに張り付いていた。 勿論、横澤だけで無く、日和の為の手作りの物で良い見本が無いか探す為だ。 折角、翔子ママの協力を得て、表向きは『仕事』として制作出来るのだ。 林檎の皮むきすら出来ない自分でも、何かしら出来上がる筈!! 日和の物は直ぐに決まった。 問題は横澤だ。 桐嶋レベルの腕前で手作り…。 だがある春物のペアニットを見つけて、桐嶋はニヤニヤが止まらなくなった。 だが、ペアニットと言うことは桐嶋は、日和の分と横澤の分と自分の分まで作らなくてはならない。 果たしてホワイトデーまでに間に合うだろうか…? 一抹の不安が頭を過ぎるが、パソコンの中のペアニットを見ると俄然やる気が湧いてくる。 これを着て横澤と並んで歩きたい!! そしてこのペアニットから、日和へのプレゼントのアイディアも追加される。 これを着て3人でお花見なんて、最高にいいんじゃないか!? 桐嶋はいそいそと日和と横澤のページをプリントアウトするのだった。 その日の午後は、日和は同じマンションの仲良しの由紀の家に友達と集まると遊びに行き、横澤は桐嶋の仕事の邪魔をしないように、作り置きのおかずを作ったり、風呂掃除をしたりして過ごした。 平和な午後。 桐嶋が寝室から出てくると、横澤が「少し休憩した方がいいんじゃないか」と、美味しいコーヒーを淹れてくれて、手作りクッキーを添えてくれる。 桐嶋は幸せを噛み締める。 そして心に誓う。 絶対ホワイトデーを成功させるんだと。 しかし夕食の席で「明日も午前中から休日出勤になったから」と桐嶋が切り出した途端、桐嶋家の空気は一変した。 日和は「お仕事頑張ってね!」と言葉は明るいが、明らかに残念そうだ。 横澤は「あんたなあ…」と何か桐嶋に言いかけたが、日和の手前かそれ以上何も言って来なかった。 桐嶋は朝帰りに続いて休日出勤で、二人ともガッカリしてるのかな、くらいにしか思わなかった。 「じゃあ明日は夕食を奮発するから! 三人で美味いものでも食いに行こう!」 と桐嶋が言っても、日和と横澤は曖昧に頷くだけだった。 そして日和が「おやすみなさい」と自室に消えると、横澤がソファで寝そべる桐嶋をソファから強引にカーペットの上に引き摺り下ろした。 「何だよ、横澤~」 桐嶋が口を尖らすと、横澤が低い声で言った。 「いいから、そこに座れ」 「……へ?」 「ひよにとって大事な話だ! 座れ!」 横澤が日和のことで桐嶋に対して怒っているということは、桐嶋の身が危ういということだ。 横澤お母さんの怒りは、普段桐嶋に憧れ尊敬し恋している横澤とは別人なのだ。 桐嶋は仁王立ちして腕を組んでいる横澤の前に、さっと正座した。

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