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第1―8話
「その調子じゃ明日が何の日かまるっと忘れているだろ、桐嶋さんよー」
ドスの効いた横澤の低音。
明日?
明日は日曜日だが…記念日でもないし…。
桐嶋がうーんと考えていると、横澤が苛立ちを隠さず言った。
「明日は埼玉に新しく出来た巨大ショッピングモールとシネコンに、由紀ちゃんちと一緒に出掛ける予定だっただろーが!」
桐嶋がハッと顔色を変える。
そうだ…。
翔子ママと一緒に一夜を明かし、ホワイトデー騒ぎの事ですっかり忘れてた…。
「今朝の朝帰りだって何かおかしいし!」
「え!?」
横澤にビシッと指摘され、桐嶋の顔色が一段と悪くなる。
「朝帰りの割にあんた乱れて無かったよな?
顔や服にも汚れは無かったし…何処で夜明かししたんだ?」
「たか…いや、羽鳥!羽鳥んちだ!
羽鳥はザルどころか枠って呼ばれてるくらい酒が強くて、潰れた俺達を自宅で休ませてくれたんだ!」
「……あんたから連絡があった時は、井坂さんと急に飲み会が決まったということだったが、羽鳥もいたのか?」
「あ、ああ!
高野もブックスまりもの雪名くんもいた。
井坂の発案の企画で選ばれたらしいんだよなー。
あ、まだ公表出来る段階じゃないんだけどなっ!」
「……ふーん」
横澤の疑わしい目付き。
また桐嶋の顔色が一段悪くなる。
横澤がフーッとため息を吐く。
「で、どうすんだ、明日。
由紀ちゃんに断るのか?」
「いや、俺は行けないがお前が行ってくれたら問題無いと思う!
今すぐ由紀ちゃんのママに連絡するから!」
横澤に反論の隙を与えず、桐嶋はスマホをタップする。
どうせ常識人の横澤のことだ。
『血縁者でも無い、只の会社の後輩が桐嶋家に入り浸っているのもおかしいのに、その上、父親の代わりに買い物に行くなんて絶対おかしい!!』
と反撃してくるに違い無い。
そして「『家族同士』で出掛けることを楽しみにしているひよをひとり送り出すなんて可哀想だ…」と追い討ちをかけて来るだろう。
「あ、夜分遅くにすみません、桐嶋です。
実は明日のお出かけのことなんですが…」
桐嶋は由紀の母親に素早く説明を始めた。
由紀の母親はあっけらかんと
『お仕事なら仕方ないですよね。
横澤のお兄ちゃんがいれば日和ちゃんも大丈夫でしょう。
実は由紀も横澤のお兄ちゃんと初めてお買い物に行けるってはしゃいでいるんですよ!』
と言った。
桐嶋はこのお詫びは必ずしますからと何度も謝罪し、電話を切った。
そして直ぐに横澤に電話の内容を報告する。
横澤は顔を赤くして「それなら、まあいいか」と言った。
桐嶋は次に日和の部屋をノックした。
日和はまだ起きていた。
ベッドの中で漫画を読んでいる。
桐嶋が明日のショッピングモールには横澤は行くし、由紀ちゃんのママにも電話をして事情を説明したら賛成してくれたと言うと、日和はベッドから跳ね起きた。
「お父さん、ありがとう!
お土産買ってくるね!!」
日和の部屋の扉の前で心配そうにしている横澤に、日和が駆け寄る。
「お兄ちゃんもありがとう!!
明日、楽しみだね!」
「ああ、そうだな」
横澤が日和にやさしく微笑む。
もうマジ横澤は日和のお母さんだなっ!!
桐嶋は、横澤と日和がニコニコと明日の話で盛り上がっているのを見ながら、ホワイトデー頑張るぞー!!と何度目かの決心をするのだった。
だが桐嶋は、この日の決断が、のちのち自分に最悪の形で返ってくることをまだ知らない。
翌日、日曜日。
駐車場が混むというので、早くにマンションを出る由紀の家の車を桐嶋は見送った。
由紀の家の車は7人乗りで、由紀の両親、由紀、日和、横澤が乗っても充分余裕があるのだ。
勿論、由紀が車も日和と横澤と一緒が良いと言い出した結果だ。
皆が笑顔で走り去るのを見送って、少しの寂しさを感じていた桐嶋は自分に喝を入れる。
買い物ならいつでも行ける。
今はホワイトデーに全力を注ぐんだ!!
桐嶋は足早に自宅に戻るのだった。
午前11時。
桐嶋が早めに待ち合わせの場所に着くと、羽鳥がもう来ていた。
「おはよう、羽鳥。
随分、早いな」
「おはようございます。
人を待たせるのが苦手なので」
羽鳥の返事に、桐嶋は羽鳥らしいなと思ったが、羽鳥は顔色も悪く元気が無い。
「羽鳥、お前体調でも…」
悪いのか、と桐嶋が続けようとして、「禅ちゃ~ん!」と翔子の言葉に遮られた。
翔子は夜会巻きにロングドレスに毛皮のロングコートと、気合いが入りまくっている格好をしている。
メイクもバッチリだ。
勿論、行き交う人々の注目の的だ。
だが翔子は一向に気にする様子も無い。
そしてその翔子の後ろに、高野と雪名がいた。
高野は複雑な表情で「改札で偶然会ってしまって…」と呟く。
雪名は「桐嶋さん、羽鳥さんおはようございます!今日は頑張りましょうね!!」といつも通りキラキラオーラ満載だ。
雪名くん…流石注目されてるのに慣れまくってるな…
桐嶋が妙なところに感心していると、翔子がスマホで何処かに電話を掛けたかと思うと切った。
「随分、短い電話だな」
桐嶋の問いに翔子がうふふと笑う。
「タカピーとトリちゃんとユッキーナの為にスペシャルゲストを呼んだのよ!」
タカピー…?
トリちゃん…?
ユッキーナ…?
桐嶋、高野、羽鳥、雪名が首を傾げる。
だが恐らく
高野=タカピー
羽鳥=トリちゃん
雪名=ユッキーナ
ということは想像に難くない。
羽鳥は兎も角、高野が項垂れ、雪名がキョトンとしていると、さっと桐嶋と高野と羽鳥と雪名の前に人が立った。
四人の目が驚きに見開かれる。
それはなぜかマスクをした小野寺と木佐と吉野だった。
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