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第1―9話
次の瞬間、羽鳥が鋭く言う。
「吉野じゃないな。
お前、誰だ?」
桐嶋と高野と雪名が一斉に羽鳥を見ると、次に木佐と小野寺と吉野に視線を移す。
「あっ!木佐さんよりデカイ!!」
雪名が言って、高野も頷く。
「良く似てるがメイクだな」
「当ったり~!!」
なんちゃって吉野が言って、なんちゃって木佐と小野寺が笑う。
「流石、吉野さんにベタ惚れのトリちゃんだなあ~。
まあ、ここじゃ照明も悪いしね。
もうちょっと明るいか暗いと、カナリ誤魔化せるんだけどね」
なんちゃって吉野はニコニコ笑う。
偽物だ、と分かっていても羽鳥の胸は痛む。
裸で床に横たわって涙を零していた吉野が頭に浮かぶ。
翔子が楽しげに言う。
「有名人にメイクだけでソックリに変身するタレント知ってるでしょ?
木佐さんに化けてるミホちゃんはその手のメイクの達人なのよ。
あ、昨夜ユッキーナと一緒に寝てた子よ!
何か運命感じちゃうわね~」
運命かどうかは知らないが、雪名は興味津々だ。
「どうしてマスクをしてるんすか?」
「鼻から下って骨格じゃない?
だから化けようにも化けられないから」
ミホが「ほらね」とマスクを外す。
「えー!いやー結構似てるっすよ!
ミホさん凄いっすねー!!」
「そうかなあ?」
ミホは小首を傾げて嬉しそうに微笑む。
すると、なんちゃって小野寺と吉野もマスクを外した。
「ふーん。
小野寺も結構似てんな。
もしかして俺と一緒に寝てた子?
でも髪はロングだったよな。
ウイッグでも被ってんの?」
高野にじーっと見られて、なんちゃって小野寺が顔を赤くする。
「そう!
アタシはアミっていうの。
よろしくね!
髪は勿論ウイッグよ。
髪の毛纏めるの大変だったんだからぁ!」
すると、なんちゃって吉野もにっこり笑って言った。
「アタシはルイ。
トリちゃんの返事は分かってるから言わなくていいよ!」
「…いや。結構似てるんじゃないか」
「トリちゃん棒読みー!」
そこでひとしきり皆が笑う。
すると桐嶋が言った。
「でも何でわざわざソックリメイクなんてして来てくれたんだ?」
翔子がわざとらしくため息を吐く。
「せめて顔が似てた方が、相手をイメージしやすくて作品も選びやすいじゃない」
「じゃあ横澤は?何でいないんだ?」
「もう嫌だ、禅ちゃんたら!
自分ちに引っ張り込んで、半同棲状態のくせに!
今更、イメージとかいらないでしょ!」
翔子にバチンと背中を叩かれ桐嶋がよろける。
「な…何でそんなこと…」
「こっちが聞いてないのに禅ちゃんがベラベラ惚気たんだからね!
あ、タカピーとトリちゃんとユッキーナも惚気過ぎっ!
それで画像見せまくってさ~」
ミホも笑い出す。
「だからアタシ三人の恋人の顔の特徴覚えちゃったの!
それでメイクしてみたんだー」
桐嶋と高野と羽鳥と雪名が青ざめる。
自分達はどこまで惚気て、どんな画像を見せたんだろう…
だが翔子の「あ、いけない!早くラーメン屋に行かないと行列出来ちゃう!」という一言でその話はぶった切られ、終りを告げたのだった。
ラーメン屋には結局30分並んだ。
その間も翔子、ミホ、アミ、ルイは注目の的だ。
勿論、一緒にいる桐嶋達も。
ミホ、アミ、ルイは木佐達のソックリメイクに髪型にボーイッシュな服装なので、男に見られても良さそうなものだが、なんせ仕草と口調が完全にオカマだ。
人数も4対4で丁度良いので、オカマと彼氏の休日デートに思われているのを桐嶋達はヒシヒシと感じる。
そんな中、なんとかラーメンを食べ終わり、翔子に連れて行かれたのは10階建てのビルの5階。
入口に『紅林手芸教室』と看板が出ている。
「さあ、入った入った~」
ずんずん進む翔子の後を、ミホ達と桐嶋達が付いて行く。
3つ程教室らしき部屋の外の廊下を通り過ぎると『教員室』と書かれたドアに辿りついた。
翔子がノックもせず、ガバッと扉を開ける。
「陽介、来たわよ~」
翔子の大声が部屋に轟く。
すると、すらりとした長身の男性が奥から走ってやって来た。
「兄さん、声デカイって!
生徒さん達に聞かれる!」
『陽介』と呼ばれた男は30代のキリリとした和風のイケメンだ。
「アンタってホント神経質ね~。
その内ハゲるわよ」
「もう無駄話はいいから上の階の会議室に行ってよ!
用意は出来てるから!」
「ハイハイ」
こうして翔子一同は6階の会議室に向かうのだった。
6階の会議室は正面にホワイトボードがあり、円形テーブルのいかにも会議室という部屋だ。
タブレットが4台置かれた席がある。
翔子が「禅ちゃん達はタブレットのある席に座ってね」と言って、自分は正面の席に座り、桐嶋達の向かい側にミホ達が座っている。
するとバタバタと足音がして陽介がやって来た。
「お待たせしました!」
陽介は翔子の隣りに立つと
「紅林翔太郎の弟の紅林陽介と申します。
この教室で校長をやらせて頂いてます」
と桐嶋達に挨拶する。
翔子が陽介をギロッと睨み「翔子!」と一喝する。
「あの…しょ翔子さんは僕の実兄にあたりまして、この教室の会長です」
「えぇー!!」
桐嶋達が一斉に声を上げる。
「翔子ママ…手作り教室の偉い先生だとは聞いていたが、会長だったのか…」
「まあね」
翔子が桐嶋にウィンクする。
「でもこのことは、『Bar 紅』に来てるお客様では井坂社長しか知らないから、禅ちゃんもタカピーもトリちゃんもユッキーナも他言無用だからね!
漏らしたらどうなるか……」
翔子が桐嶋から順に高野、羽鳥、雪名を睨めつける。
桐嶋が取りなすように言う。
「俺達を信じてくれて大丈夫だ。
それで今日は?」
「今日は作りたい作品を決めて頂きます。
そしてそれに合わせた材料や道具を揃えます。
それと作品に合わせた基本の作り方を覚えて下さい。
ミホさん、アミさん、ルイさんもこの教室を卒業してますから、皆様のお役に立つと思います」
と陽介が言うと
「へー。ミホさん達、この教室の卒業生なんだ?」
高野が意外そうに言う。
すると翔子が静かに言った。
「タカピー今の時代、オカマのホステスを続けられる子が何人いると思う?
自分の店を出せる子なんて一握りよ。
その時、手に職があれば何とかなるかもしれない。
だからウチの店で働く子で、手芸に向いてる子はこの教室に通わせてるの」
「翔子ママ…」
高野が感動したように呟くと、翔子はニッと笑った。
「さあさあ時間無いんだから、早く作りたい作品決めてね!」
だが、作りたい作品はアッサリ決まった。
桐嶋も高野も雪名も事前に調べて決めておいたからだ。
陽介が桐嶋と高野と雪名の作品の作り方をどんどんファイリングしていく。
ミホ、アミ、ルイは教室の在庫から必要な道具を揃えている。
羽鳥はひとり迷っていた。
手作り本の編集後記に相応しい物をタブレットから見つけたのだが、どうしてもバッグに入っているクチャクチャになった白いチュニックの写真が気になる。
誰も自分を見ていないことを確認すると、バッグからクリアファイルに差し込んだクチャクチャの写真を取り出して見る。
吉野が選んだチュニック。
作ってやりたい。
でも吉野は…
「あら、かわいいじゃん」
突然、翔子の声がして、羽鳥の身体がビクッと揺れる。
「トリちゃんはこれにするの?」
「あ、いえ。
これにしようかと」
羽鳥が翔子にタブレットを見せる。
翔子はチラッとタブレットを見ると、「つまんない!!」と言い放った。
「え…」
羽鳥が言葉に詰まる。
「つまんないのはこのタブレットの作品じゃないわよ。
トリちゃんのこの作品を見る目が死んでんのよ。
お仕事だからしょーがないーって、諦めてんのよ。
それなのに、そのクチャクチャの写真を見てるトリちゃんの目は生きてる。
愛しくてたまりませーんって叫んでる。
本当はこのチュニックが作りたいんでしょ?」
羽鳥は無意識に頷いていた。
「よし、決まり!
トリちゃんはそのチュニックを作りな!
陽介、トリちゃんの作品決まったわ!
ミホ、アミ、ルイ、手が空いてたらトリちゃんの材料揃えてあげて!」
陽介が席を立って、ルイが「アタシ揃えるぅ~!」と言った時、羽鳥のスマホの電話が鳴った。
羽鳥がスマホの画面を見る。
そこには『柳瀬優』と表示されていた。
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