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第1―12話

桐嶋は寝室で三つの紙袋を前に考えていた。 まだ日和と横澤は帰って来ていない。 これをどうやって隠そう… というか、何処で編めばいいんだ!? 日和も横澤も桐嶋の寝室にはノックをしてから入ってくれるが、そうなると編み物自体は見られなくても紙袋を見られてしまうだろう。 うーん… と考えて、桐嶋は閃いた。 そうだ!実家があるじゃないか! ここから歩いて数分だし、桐嶋の母親は編み物も得意だし、夜中に乗ってきてもそのまま寝かせて貰って、朝マンションに帰ればいいし。 桐嶋はいそいそとスマホを取り出すとタップする。 「あ、お袋?俺、俺。 ちょっと相談があるんだけど、そっち行っていいか?」 桐嶋の母親は桐嶋の話に感動していた。 実は横澤には言っていないが、バレンタインデーの様子の録画を桐嶋は母親に観せていた。 その時も「横澤さん、日和の為にここまでやって下さるなんて!!しかもかわいいー!!」と大評判だったのだ。 その横澤に不器用を絵に書いたような息子が、手作りをしてサプライズする! これは応援しない訳にはいかない! 「禅、分かったわ。 好きなだけこの家を使いなさい。 その代わり、日和にだけは、何を作るかは内緒にしてていいけど、横澤さんに見つからないように、実家でホワイトデーのプレゼントを作るって教えておかなきゃ駄目よ。 急に父親が実家に入り浸りになったら不安になるわ」 「ああ。俺もそうしようと考えてた」 桐嶋が作品を作る道具一切を実家に置いて帰ると、30分程して日和と横澤が帰って来た。 「お父さん、疲れたー。 超広いんだもん」 日和は今にも眠りそうだ。 「ひよは、はしゃぎ過ぎたんだよ」 横澤が笑って、ダイニングテーブルにおかずを並べたり、レンジで温めたりしている。 「横澤…今夜は俺が奢るって…」 不思議そうな桐嶋から、横澤がサッと目を逸らす。 だが顔は真っ赤だ。 「朝から、し、仕事してきたやつに奢られるなんて出来ねーよ! あんたとひよの好物を買って来たから、それで疲れを取れ!」 「横澤…」 桐嶋が日和から見えないように、横澤の指に指を絡める。 「ちょっ…馬鹿っ…何してんだ! 離せ!」 「隆史、俺頑張るから」 「…は?」 「絶対、成功させるからな!」 「お、おう…」 横澤は仕事のことだと思い、返事をする。 すると桐嶋はニコッと笑って「ひよ~!お父さんと内緒話しよ~!」と浮かれてキッチンを出て行った。 桐嶋にホワイトデー作戦を聞かされた日和は頬を真っ赤にして「お父さん、凄い!」と言った。 「勿論ひよの分も手作りするからな」 「あーそれ以上言っちゃ駄目! 楽しみが減っちゃう!」 日和は瞳をキラキラさせて、今にも踊り出しそうだ。 「お父さん、お兄ちゃんのことは、ひよに任せて! 絶対気付かせないようにするから!」 桐嶋は小さな味方の頭をポンポンと軽くたたくと「頼んだぞ」と笑顔で言った。 高野は手作り道具一式を隠すことに、心配は無かった。 大抵自宅に小野寺を入れる時は、高野が強引に引き摺り込んでるし、小野寺はインターフォンを押してから訪ねて来るし、寝室やソファ周りは小野寺をセックスに持ち込むのに置くことは出来ないが、小野寺はリビングの隅にある紙袋にいちいち拘る性格では無い。 今もダイニングテーブルで高野が作ってやった和食をもりもり食べているが、別段変わったところは無い。 「なあ、小野寺」 「何ですか?」 「俺、明日から持ち帰りの仕事が多くなんだよね」 「あ、そうですか! じゃあ当分お邪魔できませんね!」 小野寺は嬉しそうにニカッと笑う。 イラッ。 俺に会えなくなるのにその態度は何だ!? 今夜は寝かせないし、ホワイトデーには「高野さん、好きです」って絶対言わせてやる!! 高野は物騒な決心をしながら、小野寺に負けじともりもりと夕食を食べるのだった。 雪名も手作り道具一式を隠すことに、心配は無かった。 木佐と合い鍵の交換はしているけれど、木佐が合い鍵を使うことは殆ど無いし、合い鍵を使わなければならない場面では大抵雪名が使っている。 それに万が一紙袋に気付かれたとしても「大学の課題です」の一言で済むだろう。 ただ問題は作成する時間だ。 最初は大学の制作の空き時間にやってもいいかな、と考えていたが、今は春休みとはいえ雪名のように制作に来る学生も沢山いるし、何より大学でもキラキラ王子様と名高い雪名が、編み物をしていたら、それこそ大騒ぎになるだろう。 騒ぎになるのは構わないが、話しかけられたりして時間の無駄になるのは避けたいし、一番怖いのは何かの拍子で作品を汚されることだ。 そうなると、おのずと編み物をするのは自宅になる。 幸いバイト先のブックスまりもは自宅から近い。 そして第二の問題は木佐だ。 木佐は雪名が春休みに入っていることは勿論知っているし、描きたい絵があってちょくちょく大学に通っていることも知っている。 それにバイトはあっても所詮大学生の春休み。 多忙な木佐に合わせてデートしてくれると考えて当然だろう。 雪名は暫く考えて、一番シンプルな答えに辿り着いた。 『実はホワイトデーに、木佐さんに手作りサプライズをすることにしました! 自宅で作るのでなるべくウチには来ないで下さい。 あとデートもなかなか出来なくなると思います。 その代わり、ホワイトデーには木佐さんをあっと言わせて、好きって言って貰って、フニャフニャにしますから!!』 「木佐さん、風邪引いちゃった? 真っ赤だけど…。 寒気とかない?」 木佐はスマホから顔を上げると曖昧に笑った。 「いえ、会社の同僚がつまんないダジャレを最後に書いてきたので」 木佐は今日は担当作家との打ち合わせだ。 木佐は心の中で雪名を罵倒する。 ホワイトデーに手作りプレゼントのサプライズなんて超嬉しいよ!! それでデート出来なくても、気にならない。 だけどフニャフニャって何だ、フニャフニャって!! 木佐はスマホに思い切り力を入れるとLINEを切った。 その頃、『紅組』に井坂がグループトークしていた。 桐嶋と高野と羽鳥と雪名はいつの間にメンバーに?と思ったが、今日は忙しい1日だったし、初めから井坂はメンバーに入る予定だったのだろう。 『明日、15時丸川書店前のカフェに紅組全員集合!! あ、雪名くんはバイトがあるなら無理すんなよ』 雪名から即トークが来る。 『大丈夫っす!』 そして明日も紅組は集まることになったのだった。

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