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第1―13話
丸川書店前カフェ、14時45分。
翔子、アミ、ルイ、ミホの前に座る、桐嶋、高野、羽鳥、雪名。
翔子が顔を合わせると直ぐ羽鳥に言った。
「昨日のうちに新しい資料と材料は宅配便で送っといたからね!
トリちゃんも着払いで送っといて」
「昨夜、送っておきました」
「あら!イイ男は仕事も早いわね!」
「だけどなあ、羽鳥」
桐嶋が怪訝な顔をして言う。
「何で急にチュニックからコサージュに変えたんだ?
翔子ママだって、ものすげーチュニック推しだったし」
「いやねえ、禅ちゃん」
翔子がグローブの様な手で思い切り桐嶋の肩をバッチーンと叩く。
「イッテー!!」
「トリちゃんは色々と考えてくれたのよ!
みんな着る物作るでしょ?
それならアクセサリーが入ってた方がバランスがいいじゃない!
それにトリちゃんの作るコサージュは糸だって淡いピンクを基調とした七色よ。
春夏にピッタリだし、ブローチにもなるし、ストールを留めるのにもピッタリだし、帽子にもいいんだから!」
「確かにひとつくらいアクセサリーがあった方がいいっすよね!」
雪名が頷く。
その時。
「よー集まってるな!」
と井坂の声がした。
羽鳥は目を見開いた。
井坂は柳瀬を連れている。
井坂は井坂用に空けておいた椅子に座ると、「桐嶋達、ズレろ」と言って隣りに柳瀬を座らせた。
最初に反応したのは翔子だった。
「いや~ん、この子、美人!
スッピンでこんなに綺麗なんて負けるわ~」
「最初から勝負になってねえよ」
井坂がバッサリ切り捨て続ける。
「それでだ、前々から柳瀬くんをこの企画に誘っていたんだが、やっと昨夜承諾してくれた。
柳瀬くんもメンバーになったから」
「オカマの先生と美人で伝説のプロアシスタントか…いいですね」
高野が言うと、井坂が笑った。
「そーじゃないんだなっ!
翔子ママは世間に出るのを嫌ってる。
まあ柳瀬くんに断られたら引きの写真を1枚くらい載せさせてもらうつもりでいたが、ここで柳瀬くんのOKが出た!
初回は超売れっ子漫画家、伊集院響『ザ☆漢』のジャプン編集長にして編集担当あーんどその伝説のプロアシスタントの組み合わせだ!
この美形コンビの後に『次回はイケメンエメラルド編集長とオカマの先生の四苦八苦です!』と銘打ってみろ!
絶対次号も買うだろうが!」
「はあ…」
桐嶋と高野と羽鳥は毒気が抜かれたように、ため息ともつかない返事をするだけだ。
井坂は最初からそのつもりでいたのだ。
翔子が表舞台に出ることを嫌っていることを承知して、翔子には翔子にしか出来ないことをやってもらい、本命は柳瀬。
しかも柳瀬に断られていたから、桐嶋達の士気を下げない為にも、柳瀬からOKを貰うまで内緒にしていた。
本当にこいつは金儲けになると頭が回るな…
桐嶋がしみじみ感じ入っていると、柳瀬が
「プロアシスタントをしています。
柳瀬優です」
と挨拶した。
柳瀬は静かに微笑んでいる。
翔子とアミとルイとミホがホーッとため息を吐く。
「ホントに美人ねえ…」
柳瀬は4人にやさしく笑いかけた。
井坂の目的は柳瀬の紹介だけだったので、すぐ解散になった。
皆、仕事が忙しい身。
カフェを出てスタスタと帰ろうとする柳瀬を、羽鳥が呼び止める。
「柳瀬」
「何だよ」
柳瀬が不機嫌そうに立ち止まる。
柳瀬は羽鳥と同じ、社会的常識人なので、仕事の場やきちんと振舞わなければならない場面では、羽鳥と二人でいる時とは別人のようにTPO合わせて行動する。
柳瀬はオカマの4人にやさしく笑いかけた同一人物とは思えない程、刺々しい態度だ。
「お前、どうしてこの仕事を引き受けた?
お前だってルックスを引き合いに出されてプロアシとして人前に出るのを嫌がってただろう」
そう、柳瀬も『美人の伝説のプロアシスタント』としての取材を申し込まれることが多々ある。
だが柳瀬は全て断ってきた。
柳瀬は自分のプロアシスタントの技術にプライドを持っている。
それにルックスを絡まれるのは我慢出来ない。
それを知っている羽鳥だから、今回の件には心底驚いた。
「昨夜、言っただろ。
俺も千秋に手作りのプレゼントをするって」
「だけど、お前が取材にOKするなんて…」
柳瀬は真冬の雲一つ無い青空を見上げる。
「千秋と俺の大好きな『ザ☆漢』の伊集院先生の宣伝に一役買えるんだ。
千秋、喜ぶだろうなあ」
その顔も言葉も穏やかで愛しさに満ちていて、羽鳥は何も言えなくなる。
「じゃあな」
柳瀬はいつもの柳瀬に戻り、ぶっきらぼうに言うと、また歩き出した。
誰もいないエメラルド編集部で羽鳥がひとりパソコンを叩いていると、「よう」と頭上から声がして、デスクに缶コーヒーが置かれた。
羽鳥が見上げると桐嶋が立っていた。
「お前、噂通りワーカホリックな」
桐嶋はそう言うと綺麗な顔を崩してにっこりと笑う。
「なあ、羽鳥。
中島みゆきの『ファイト!』っていう歌、知ってるか?」
「あ、はい。
CMで聴きました」
「じゃあ歌詞も知ってるよな。
『闘うきみの歌を闘わないやつらが笑うだろう』ってやつ」
「はい」
羽鳥は桐嶋が何を言いたいのか分からず、困惑しながら答えた。
「今日、カフェから出た時、お前と柳瀬くんの会話が聞こえちまった。
盗み聞きするつもりはなかったんだけどな、雰囲気が普通じゃ無かったから、つい…」
「いえ…大したことを話した訳じゃありませんから」
「そうか?
でもお前は柳瀬くんに負けてたな。
完敗だった」
桐嶋はもう笑ってはいなかった。
射るように羽鳥を見ている。
「お前、昨日翔子ママに後押しされてチュニックを編むことになった時、本当に嬉しそうだった。
それがたった一晩で変えられるものか?
何かあったんだろ?」
「それは…」
「それは言わなくていいさ。
だけど今日のお前は柳瀬くんに闘う前から負けてた」
「……」
「恋愛ごとで恋敵と闘わなくてもいい。
だけど自分に負けるな。
お前は自分自身の『闘わないやつ』に笑われてんだよ。
笑われるなら、せめて闘って笑われろ」
「桐嶋さん…」
「ブックスまりもならまだ開いてる」
羽鳥は勢い良く立ち上がると、桐嶋に一礼し、ビジネスバッグとコートを掴むと、エメラルド編集部から出ていく。
桐嶋はクスッと笑う。
「あいつパソコン立ち上げっぱなしじゃねえか」
ま、一晩くらい良いだろうと、桐嶋もエメラルド編集部を出て行った。
羽鳥は走る。
コートも着ずに。
闘うきみの歌を
闘わないやつらが
笑うだろう
そうだ、臆病者の俺は闘う前から、吉野を諦めようとしていた。
吉野を失いたくない。
その為にやれることをやろう。
無様だっていい。
自分と闘うんだ。
それでも笑うなら、笑え、俺。
ブックスまりもの閉店時間まであと1時間。
羽鳥はエスカレーターに乗るのももどかしく、階段を駆け登るのだった。
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