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第1―14話

「何で羽鳥はチュニックからコサージュに変えたんだ?」 桐嶋の手の中のグラスがカランと音を立てる。 今夜も『Bar 紅』は満席だ。 そこかしこで楽しそうな光景が繰り広げられている。 翔子は桐嶋の座るカウンターのスツールに珍しく座っている。 スツールは、はち切れんばかりにムチムチだ。 「昨日の夜、アタシ宛にLINEがきたの。 やっぱり最初にタブレットで見せたコサージュを作らせて下さいって」 翔子はウィスキーを飲み干すと、バーテンダーに「おかわり」と言う。 「ただそれだけよ。 だからアタシは陽介にコサージュ用の用具一式を宅配便で送らせるから、トリちゃんも陽介の教室に着払いでいいから、チュニックの用具一式を送ってって言っただけ」 「あんなにチュニックを作るのに賛成してたのに何でまた…」 翔子の前にグラスが置かれる。 翔子は一口飲むと言った。 「トリちゃんが泣いてたから」 「え?羽鳥と話たのか?」 桐嶋が驚いて翔子を見る。 翔子はカウンターの後ろに飾られている絵を見ながら言った。 「話してないよ。 でもこういう商売してると分かっちゃうんだよね。 あんなに優秀そうなトリちゃんが、平仮名だらけで誤字だらけのトークをしてきた。 トリちゃんは間違っているのに気付いていてたと思う。 でも直す気力も無かったのね」 「……そうか」 すると、一転翔子が明るく言った。 「トリちゃんてさ、ポーカーフェイスのイケメンで、仕事も出来て品位があって清廉潔白で、いざという時、守ってくれそうなイメージじゃない?」 「ああ、その通りだな」 桐嶋が頷く。 「でもね、トリちゃんには大きな弱点があるの!」 「弱点?」 「そう、恋人よ! 恋人の前でも出来る男ぶってるかもしれないけど、実際は逆。 恋人の為なら何でもするし、恋人と別れるのが怖くて堪らない。 ちょっと離れているだけでも心配で堪らないくらい好きなの。 たぶんあのチュニックは恋人の為に作ってあげたかったのね」 「じゃあそれこそチュニックを作ってやれば…」 「だーかーらー!!」 翔子が呆れたように桐嶋を見る。 「作れない事情が出来たんでしょうが!!」 「そ、そうか」 翔子の勢いに桐嶋が後ずさる。 「禅ちゃん、今日の禅ちゃんは男前だったけど、もうトリちゃんに干渉しちゃ駄目よ。 中島みゆきの歌の通り『闘うきみの歌を闘わないやつらが笑うだろう』って状況でも、トリちゃんが一人で恋人の為に成し遂げるのを見守るの…あーロマンチック!!」 翔子はウットリと言いながら、グラスの酒をゴクゴクと飲み干し、「おかわり」とバーテンダーに告げる。 「あ、それと禅ちゃん」 翔子にビシッと指をさされて、桐嶋がビクッと身体を揺らす。 「今夜は禅ちゃんがトリちゃんにしてあげたことに免じて許してあげるけど、明日からは編み物に専念すること!! 飲みに行ったりしたら、翔子のバックドロップをお見舞いするからね!!」 桐嶋は小さく「…はい…」と返事をするのだった。 『それ』は丸川書店にジワジワと浸透していった。 だが、桐嶋、高野、羽鳥は多忙の上、帰れば編み物をしなくてはならない。 それにただ編み物をしていればいい訳ではない。 誌面に載せる為に、切りの良い所でデジカメで撮影もしなくてはならないのだ。 しかも三人に話してくれるような人もいない。 遠巻きに三人を見ているだけだ。 仕事と編み物に追われる日々を送る桐嶋と高野と羽鳥は、そんな些細なことには気付かない。 羽鳥はもう吹っ切れていた。 自分のしたことを思うと胸が痛むが、吉野にきちんと謝りたい。 吉野が倒れてから5日目。 柳瀬に見舞いに行っていいかとLINEすると、『千秋回復』と電報のような一言のトークがきた。 羽鳥は定時に仕事を上がると、丸川書店近くにある花屋に寄った。 食べる物だと食べられない物があるかもしれない。 それでもケーキくらいは食べられるかな… 幸い、吉野のお気に入りのケーキ屋は地元にある。 だったら一度吉野の様子を見て、買い行ってもいい 羽鳥が楽しい想像を巡らしながら花束を作って貰っていると、売り物の花の向こうから、チラリと丸川書店の女子社員の制服が見えた。 少し遠くて良く見えないが、総務の子らしい。 二人はスマホを見ながら熱心に話している。 その時、一人の女の子が大声で 「あー桐嶋さんが再婚するなんて残念ー!!」 とため息混じりに言った。

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