18 / 23

第1―18話

途方に暮れているのは高野と羽鳥も同じだった。 美濃が去った会議室で愕然としていたが、こうしていても時間が過ぎて行くだけだ。 高野は立ち上がり、会議室に備付けの電話の前に立つと受話器を取り、内線番号をプッシュする。 そんな高野を羽鳥が見守っている。 高野は社長室に内線を掛けた。 こうなったら井坂に直接、手作り本の企画がどうなっているか確認して、大事な人の誤解だけでも解きたい。 社長室への直通の内線電話に出るのは朝比奈だ。 『はい。社長室朝比奈です』 「エメラルド編集部の高野です。 井坂さんにお取次ぎ願えますか?」 『残念ですが社長は某社との打ち合わせの後、会合がございます。 本日は戻りません』 「でも朝比奈さんは井坂さんと合流しますよね? その時、伝言をお願い出来ないでしょうか?」 『何でしょう?』 「手作り専門誌の月刊△△誌の編集後記のことで、大至急確認を取りたいんです」 『承りました。 但し、今夜の会合は長引くと思われます。 社長が本日中に高野さんにお電話することが出来るとは限りません。 その場合はいかが致しますか?』 「明日でもいいです。 ただ大至急お願いしますとお伝え下さい」 『了解いたしました』 「ではよろしくお願いいたします」 高野は受話器を置くと、深いため息を吐いた。 「どうでした?」 羽鳥が努めて冷静に訊く。 「井坂さんは外出中でそのまま直帰だ。 今日中に連絡を取るのは無理らしい。 明日には電話を掛けてきてくれるだろーが…」 「そうですか」 「あと一件確認していく」 「はい」 そう言うと高野は内線表から、月刊△△誌の編集長席の番号を見つけ出す。 素早くプッシュすると、ワーコールで相手は出た。 『はい、△△編集部の佐伯です』 佐伯は月刊△△誌の編集長だ。 「エメラルド編集部の高野です。 ちょっとご確認したいことが」 すると佐伯は高野の言葉を遮り、急に小声になり早口で言った。 『編集後記の事なら、今はお答え出来ません。 部外秘です。 まだ出演者が決まったばかりの状態ですし、勿論、高野さん達とは連絡を取らなければなりませんが、そう出来るようになりましたら、こちらからご連絡いたしますので。 それまでは、そちらからの連絡は井坂さんを通して下さい。 では失礼します』 佐伯は一気に言うだけ言うとプツリと電話を切った。 高野が受話器を戻す。 高野は片手で額を覆った。 「羽鳥…やはり手作り本の△△編集部はサプライズ企画として水面下で動いていて、他の編集部には秘密にしているらしい 部外秘だとさ。 俺達と連絡が取れるようなったら、あちらから連絡して来てくれるが、それまではこちらからの連絡は井坂さんを通してくれだと」 「…そうですか」 羽鳥もため息を吐く。 高野がうーんと上体を反らすと明るく言った。 「ま、明日井坂さんと連絡が取れるまでは、俺達に出来ることは無い。 そう切り替えて仕事すっか」 「そうですね」 羽鳥も微笑んで立ち上がった。 高野と羽鳥がエメラルド編集部に戻ると、木佐が小野寺の腕を引っ張り、二人の元にやって来た。 「木佐さん、俺は別に…」 「いいから!律っちゃんも聞いてて! ねえ、高野さん」 「なんだ?」 「さっき高野さん達の動画と画像の件で雪名に電話で確認した。 そしたらあれはアルバイトで、契約に関わるから内容は言えないって言われた。 版権に関わるとも。 つまり仕事だって思っていいんだよね?」 ため息を吐く高野を、羽鳥が励ますように力強く言う。 「高野さん、雪名くんが言ってることにイエスかノーか言うくらいは、秘密を漏洩したことにはならないんじゃないでしょうか」 俯いていた小野寺がパッと顔を上げる。 その顔は真っ赤で大きな瞳は潤んでいる。 いまにも涙が零れ落ちそうに。 高野がくしゃりと小野寺の髪を撫でる。 「なっ何するんですか!」 「職場で泣いてんじゃねーよ」 「泣いてませんっ!!」 「その通りだよ」 「……え?」 「雪名くんは嘘は言ってない。 これでいいか?」 「律っちゃーん」 木佐が嬉しそうに小野寺の背中にしがみつく。 小野寺はペコッと高野に頭を下げると、木佐と笑いながら自席に戻って行く。 目元をハンカチで拭いながら。 「良かったですね」 羽鳥が微笑むと、高野は照れ臭そうに「まーな」とだけ言って、編集長席にドカッと座った。 そんな四人を美濃がうんうんと笑顔で見守っていた。 横澤は困っていた。 逸見にどうしても相談したいことがあると言われ、今夜も桐嶋の家に帰らなければならないのに、逸見の余りに必死な様子に断る事が出来ず、終業後居酒屋で話を聞くことになった。 桐嶋は最近忙しい。 まず12時になんて帰って来ない。 横澤は桐嶋に、終わりが分からないから自分を待たないで先に寝ててくれと言われているので、日和を寝かせてから12時過ぎには客間で寝るようにしている。 横澤が朝起きて寝室をそっと覗くと、桐嶋は死んだように眠っている。 桐嶋によると3月半ばまではこの調子らしい。 そこで横澤は日和の世話と桐嶋家の家事一切を引き受けた。 普段と特に変わらないことだし、仕事でどうしても遅くなることがあれば桐嶋の母親に頼める。 今日も仕事の関係で帰るのが遅くなります、と横澤が桐嶋の母親に連絡すると「日和のことは心配しないで。横澤さんもお仕事頑張って!」と言ってくれた。 そうまでして時間を作ったのに、逸見は居酒屋に入ってから1時間もダンマリを決め込んでいる。 「逸見、お前いい加減にしろよ? 話が無いなら俺は帰る」 「ま、待って下さい!話します!話しますから~!」 「で、なんだ?」 逸見は上目遣いで横澤を見る。 「…帰るって…桐嶋さんちですか?」 「あ?」 「横澤さんが桐嶋さんのお宅で家事やお子さんのお世話をしてることは、ジャプン編集部でもうちの営業部でも有名な話ですから…。 桐嶋さん、自ら話してますし」 「そ、そうか…」 横澤は真っ赤になりそうなのをビールを飲んで誤魔化す。 そして桐嶋に怒りを向ける。 どーせ桐嶋さんのことだからベラベラ喋ってるに違いない!! いや、また隠し撮りした画像も見せてるな…! いやいや動画かもしれない…! 次に夕食で会える時は、苦手なものばかり作ってやろうか!? 桐嶋へ怒りを向けたことで、赤面もせずに済み、平静になれたことに横澤がホッとしていると、逸見が急にテーブルに突っ伏した。 「お、おい、逸見。 どうした? 気分でも悪いか?」 横澤が慌てると、逸見がスマホをずいっと横澤の目の前に差し出した。 「…逸見?」 「横澤さん、可哀想です! 横澤さんは桐嶋さんに良いように使われてるんです! 桐嶋さんは影でこんなことしているのに!」 「はあ?」 そして動画が再生されたのだった。

ともだちにシェアしよう!