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第2話
昨日は何を話してどうやって別れたんだろう?それともあれは夢だったのか……。
地下鉄の暗い窓に映る自分の顔を見ながら記憶のあやふやさを悔やんでいると、窓に映るサングラスをかけた彼の口が笑っていた。
「今日も来てくれるの?」
振り向いた僕の口は動いているけど音になっていなくて、頷いて答えた。昨日のことを聞きたい。聞いて、もし失礼なことがあったなら謝らないと。サングラスで表情のわかりにくい目を見てるつもりで小さな声を発した。
「あの、昨日はありがとう。僕はなにか変なこと言ったりしなかったかな?」
「……聞きたかったら今日も終わってからあの店に来てよ」
「え!?」
「ほら、今日もライブに来てくれるんでしょ、降りなきゃ」
手を引かれ電車を降りると「じゃあ、あとでね」と底の厚いハイカットのスニーカーで走って行ってしまった。
思ったより大きく柔らかな手の感触が全身に伝わって僕の中を震わせた。
スタンディングのライブではチケットの整理番号が一桁でも二桁でも僕は一番後ろの壁際に立つ。一番後ろはステージ全体が見渡せて君を見逃すこともなく、もちろん声もちゃんと届く。いい歳した男が一番前で可愛い女の子に混じってキャーキャー手を伸ばすなんてないだろう。腕を組んで突っ立っているのは目障りだろうと一番後ろにいるのだ。
見られていないと思ったけど見えるもんなんだな。ボーッと口開けてたらカッコ悪いから気をつけないと。
BGMが止んで照明が落とされると歓声があがり、君が焦らすようにゆっくりと歩いてくる。
中央のスタンドマイクを掴んだ瞬間、君の声と演奏が鼓膜を震わせた。
今日の衣装は多分、電車で会ったときのままで、上着を脱いだだけだ。ボロボロに見える、謎のプリントがツギハギのぴったりしたタンクトップにシマ模様のぶかぶかのパンツ、ハイカットの白いスニーカー。やっぱりどこか変わってる。柄に柄だもんなぁ、僕には無理だ、センスもおしゃれ心も無い。
それでも彼に会いに行くライブには少しだけ気を使う。基本は黒で少しだけデザインの入ったシャツ。それが精一杯の敬意。
今日のライブは少しだけいつもとは違う気がするのは僕の意識過剰だろうか。君はこちらに視線を送ってくれているような気がする。僕は壁に背をつけているのによろめきそうだ。
昨日の僕は何をしたんだろう?何を話したんだろう?それが気になって声を聞いているのに昨日みたいに入ってこない。
違う……もう既に一杯なんだ、過剰摂取になりそうなんだ、でもそんな過剰なら僕はもう、死んでもいい。
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