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第2話
その日、瑞希のオフィスにやって来た男は革張りのソファに長い脚を組んで不敵な微笑をたたえていた。
硬めの艶やかな黒髪と切り裂くような強い目元、高い鼻梁は美しくまるで生きた彫刻のようだ。
モダンクラシックなイタリアンスーツの上からでもわかるほど屈強な肉体からは、机にかじりつく作家とは到底思えない。
歩く美術品のような男ぶりのいい新城を前にして堕ちない女性はいないだろう。
しかし、それは瑞希にとっては例外だった。
「お前、さっき僕に何て言った?」
心底忌ま忌ましいという表情で新城を睨み付ける。
「今度のイベントのパートナーになってほしい、と言っただけですが?」
飄飄とした表情で答える男に、瑞希は怒りに肩を震わせた。
男はあろう事か今度のイベントのパートナーに瑞希を指名してきたのだ。
「つまり、僕を奴隷 にしたいという事か?」
「ええ、そうです」
自分の欲望を包み隠す事なくストレートにぶつけてくる。
いっそ清清しいほどに。
しかし、瑞希はそう簡単に要求をのむほど素直な人間ではない。
「調子に乗るなよ、お断りだ。僕はオーナーでありKINGだ。お前の酔狂に構っている暇はない。スレイブなら会員のマゾの中から選べ」
冷たく言い放つと抽斗 からマゾヒスト専用ファイルを引っ張り出しデスクに放る。
「おかしいですね。あなたに拒否権はないはずですが…」
新城は意地の悪い笑みを浮かべると、組んだ脚をほどきデスクへと近づいてきた。
足音が近づくたびに鼓動が駆け足になり、それまで気丈に振る舞っていたものがグラグラと揺らいでくる。
……くそ…
せめて表情だけは崩さないようにと懸命に顔を強張らせた。
瑞希の座るエグゼクティブチェアの横まで来ると、デスクに片手をつき覗きこんでくる。
強い眼差しがすうっと細められるとその精鍛な顔が近づいてきた。
獲物を捕らえる獰猛な眼差しに、喉がひくりと鳴る。
「止めろ!しょ、書類が汚れる…」
新城の厚い胸板を必死に押し返しながらそう言うと、ふいに身体が離された。
恐る恐る見上げると、そこには既にサディズムな色を宿した新城が酷薄な笑みを浮かべていた。
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