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第5話

「言っておくがこれはビジネスだからな」 イベント当日。 オフィスにやって来た新城に瑞希は念を押した。 いつも傍観する側であり、気が乗ればサディストにも命令を下していた自分が、今日はスレイブになる… いくら会員の前だからといって大勢の前で痴態を晒す事に未だ戸惑いと不安しかない。 しかも相手はあの新城一昂。 きっといつも以上に瑞希を虐めようと何か企んでいるに違いない。 瑞希は深く溜め息を吐いた。 ここ数日の激務と夕べは一睡もできなかったせいか少し目眩がする。 しかし、一度了承したものを今更覆すのは瑞希のプライドが許さない。 それに会員には高い会費を払わせている。Mr.Jが目当てで参加してくる会員も少なくない。 これはビジネス、ビジネスなんだ。 そう言い聞かせて気持ちを無理矢理宥めた。 新城の用意したコスチュームは意外にも普通だった。 正確にいうと白いシャツ一枚とビキニタイプのボンテージショーツだけ、なのだが。 毎年このハロウィンイベントに参加する者たちは大体仮装をして参加するのが主流だ。 品評会となると、サディストたちは自分のスレイブに卑猥なコスチュームを着せて愉しむのだ。 てっきり新城もそういった類のコスチュームを押し付けてくると思っていた瑞希は何だか少し拍子抜けした。 新城もいつものスーツ姿と何ら変わらない。 「お前、いつもと変わらないな」 「瑞希は………」 露出した脚をじっと見られて、瑞希は真っ赤になるとシャツの裾を引っ張った。 「ジ、ジロジロ見るな!こんな中途半端な恰好させるくらいなら下もよこせ」 「それじゃああなただとバレてしまうかもしれないでしょう?それとももっと違うコスチュームをお望みで?」 妖しい笑みを浮かべる新城をキッと睨み付ける。 そんな視線にも新城は全く動じない。本当に憎たらしいやつだ。 「マスクをつける前にこれを」 新城が何かの包みを開き瑞希の口元に持ってきた。 シナモンと甘酸っぱい匂いが鼻を擽る。 「さぁ口を開けて」 瑞希は目の前に差し出されたものと新城を見比べながら訝しげに眉を顰めた。 「なんのまねだ」 「いいから口を開けて。それとも違う口を開かせてほしいですか?」 「・・・・」 口に入ったそれは飴玉のような大きさで、林檎の甘酸っぱい香りとシナモンのスパイスと甘さがちょうどよかった。 舌で転がすとすぐに砂糖が溶け、口の中でほろほろと崩れていく。 疲弊していた身体に沁み渡る甘さに少しホッとした。 「昨夜は眠れなかったんでしょう?あなたは少々真面目すぎる」 新城はそう言うと瑞希を労わるような眼差しで見つめてきた。 顔から火が出るかと思った。 瑞希は真っ赤になった顔を隠すかのように慌ててマスクをつけた。 このSMクラブでのプレイ中は、マスクとクラブネームが必須だ。 いつもはKINGとして誰よりも煌びやかなクラウンをモチーフにしたマスクだが、今日は猫をモチーフにしたベネチアンマスクだった。 「さぁ行きましょうか。あぁ、そうそうプレイ中は私のことはマスターと呼ぶように」 黒いマスクを装着した新城が微笑を湛えて瑞希を促す。 さっきまでの眼差しはどこへやら、その顔はすっかりMr.Jの顔になっていた。

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