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第8話
「他の子と付き合ってもみたけど何をしてても歩の事ばかり考えるんだ。歩ならこう言うかなとか、歩ならこれを選ぶかなとか。歩に似合う服を見つけたらデート中なのに買っちゃうし、話題も歩の事ばかりだし……」
千花の心臓の音が歩にも伝わってくる。それは歩の鼓動だったのかもしれない。
千花を見て、綺麗だなと見惚れる事はあってもドキドキした事はなかった。それが今、抱き締められて思いをぶつけられ、信じられないくらいに心拍数が上がっている。
「……バカだよ……。相手の子に失礼だよ……」
「ホント、そうだよね」
だけど千花は優しいからきっと付き合った相手をちゃんと好きになろうとしたのだろう。千花なりに大切にした筈だ。
「オレってさ、こんな顔でしょ? 小さい頃は結構からかわれてたんだよね、女みたいな顔して気持ち悪いって」
腕の中から解放されると千花の温もりがなくなって途端に寒く感じた。千花は隣にいるのに温もりがなくなった事に哀しくなった。
「泥団子とかぶつけられてさー、自分の顔が嫌いだったんだ。綺麗って言われるのが苦手だった」
千花とはその頃に知り合った。
公園の手洗い場で顔を洗う千花の姿をよく目撃していた。ただの泥遊びだと歩は思っていたけれど、あれは遊びなんかではなかったのだと今になって知る。
「でもさ、歩がね、泥んこの顔のオレを見て言ったんだ」
「え、僕?」
「うん。――綺麗なものは泥だらけでも綺麗なんだね、って」
そんな事を言った記憶はなかった。きっと何気なく言った言葉だから記憶にないのだ。
「オレね、その言葉でこの顔を隠すのをやめたんだ。見せたくなくて前髪伸ばしてたのをバッサリ切って泥を投げてきた奴らの前でも堂々とした。そしたらもう泥団子、投げてこなくなったんだ」
「そういえば、知り合った頃は前髪長かったもんね。すっかり忘れてた」
今ではモデルの仕事であちこちの雑誌に出るようになった千花。雑誌の中の千花はいつも自信満々の表情をしている。
「今はこの顔で産まれてきて良かったって思ってる。オレの顔はオレの宝物なんだ」
満面の笑みでそう言った千花はとても綺麗で、キラキラとしていた。あまりに眩しくて思わず目を細めるくらい、輝いて見えた。
「この宝物に気付かせてくれた歩は、オレの一番の宝物だよ」
千花と目が合って、ドキリと胸が高鳴った。
自分を宝物だと言う千花の気持ちが嬉しくて、どうにかその思いに応えられないかと頭をフル回転させる。
何の飾りもない、ただ思った事を口にしただけの言葉を今までずっと大切にしてくれた千花が何だか愛おしくて、望むことを何でもしてあげたくなる。
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