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第9話

「歩、そんな顔したら期待しちゃうよ」 「え、そんな顔って……?」 「凄く可愛い顔してる。オレの事が好きって顔」  顔がカーッと赤くなるのが自分でもわかった。  男同士で、親友で、だから今まで意識などした事がなかったけれど、この落ち着かない胸のざわめきは恋というものではないだろうか。  自分は千花に恋をしているのだろうか。 「可愛いなぁ……ね、歩、ちょっとだけキスしていい?」  頬に触れた千花の指は少し冷たくて、赤くなった頬が更に熱を上げていくのが分かった。 「キ……ス……って……え、ここで……?」 「誰もいないし、ほんの少しだけだから、ね?」  慌てる歩とは対称的に千花は天使の様に微笑んで歩の口唇を指でなぞった。 「嫌なら突き飛ばして」  近付いてくる綺麗な顔を見ているうちに突き飛ばす暇もなく口唇が重なった。  ほんの一瞬の出来事に惚けていると、もう一度口唇を指でなぞりながら天使が誘惑の声を囁いた。 「歩、口開けて」  催眠術にでもかかったみたいに言われるがままに口を開くと、千花の顔がまた近付いて今度はゆっくりと口唇を重ねてきた。  開いた口の中に自分のものではない舌が差し込まれてくるのを、抵抗も忘れて受け入れていた。 「ふっ……んっ……」  それは初めての感触だった。  生暖かくて、ぬるぬるとしていて、千花の熱い吐息と唾液が歩の口内を支配していく。  少しだけって言ったのに、と頭の片隅で思いながら突き飛ばす事は出来ないでいる。  千花の甘く痺れるキスは何も考える事が出来なくなる毒の様だ。天使の微笑みで心の内側に簡単に侵入して、入ってきた途端に天使は悪魔に豹変する。 「ち、か……」  息の仕方が分からなくなる。心臓がちゃんと動いているのかも分からない。  頭の中にあるのは千花の艶かしい舌と、ぎこちなくそれに絡みつく自らの舌の感触だけ。 「歩、ちゃんと考えて」  キスから解放れて力が抜けた歩は千花の肩に頭を預けて息を必死で整える。 「オレとキスして嫌じゃなかった?」  肩に凭れたまま首を横に振る。  嫌なんて少しも思わなかった。その舌に翻弄されすぎて囚われてしまうかと思った。 「良かった……。気持ち悪いとか言われたら恋愛に発展しないもんね」  そうか、千花はそれを試したのかと気が付く。

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