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第24話
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わざと大きな足音をたてながら部屋の扉を勢いよく開けて入ってきた千花が、まだベッドの上で惰眠を貪っている歩の上にダイブする。
「おっはよー! あゆむー? 朝だよー!」
ダイブの衝撃に目を覚ました歩はまだ上に乗っかったままの千花を恨めしく見ながら「おはよ」と呟く。
「今日のスーツはねー、この間のストライプのにしない? ネクタイはー」
毎朝、歩を起こしてその日着るスーツ一式をコーディネートするのが千花の楽しみだと知っている歩は何も言わずに出されたスーツを毎日着る。千花のセンスは誰よりも良いので下手に自分が選ぶより完全に任せた方が間違いない。
歩本人がまだ戸惑っているうちに四人で暮らす家を見つけてきた幸雄。全員の職場から遠すぎない絶妙な距離と利便性のある新しい家は、それぞれの部屋もあり思いのほか快適だった。
欠伸をしながらリビングに行くと、いい匂いが空腹を誘う。
歩の起きてくるタイミングで並べられる亮手作りの朝食。プロが作る食事を毎日食べられるなんて、朝から幸せな気分になる。
亮は昼食用にお弁当も用意して、夕食も店があるからと温めるだけで食べられる物を作り置きしておいてくれる。
一人暮らしの時は偏った食事だった歩は亮の食事を三食きっちり食べる様になってから、顔色も体調もとても快調で仕事のミスも減った気がする。
「歩、食べ終わったか?」
朝一番早起きの幸雄がスーツをビシッと着こなして自室から出てきた。
前まではもっと早い時間に出勤していた幸雄は、歩の出勤時間に合わせて出社するようになった。歩を会社まで車で送り届ける為だ。
子供じゃないんだからそんな事しなくていいと何度も言ったけれど、幸雄はそれを頑として受け入れなかった。
千花が選んだ服を着て、亮が作った食事を食べているのに、自分だけが歩に何も出来ないのは悔しいと二人きりの車内で呟いた幸雄を思い出すと、何だか可愛くてクスッと笑みが漏れてしまう。
皆が自分のやり方で歩を甘やかし、溺愛する。
そんな生活に最初は戸惑い拒んでいたけれど、断ると捨てられた子犬の様な顔でしょんぼりするそれぞれを見てしまい、素直に甘える事にした。
慣れてはいけないと分かっているのに、毎日飽きもせずに歩を中心にして三人の世界が成り立っている。その心地良さに身も心も任せてしまうと、三人がいないと自分のことが何一つ出来なくなりそうで少し怖くなる。
昔から三人には甘やかされてきたから社会人になったらちゃんと自立しなければと思っていたのに、この生活を続けていたら自立なんて無理だ。
「どうかしたか?」
会社に向かう車の中で小さく溜め息を吐くと、幸雄が運転しながら訊いてきた。
「具合でも悪いのか? 車酔い?」
「ううん、違うよ、大丈夫」
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