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第3話【修正】
そして、バレンタイン当日。
朝、いつものようにたっくんが迎えにきた。
「お、おはよう。まーくん」
「おはよう」
僕はいつものように挨拶したつもりだったが、たっくんは僕をあまり見ずになんだかそわそわしていた。
それどころか会話もない。普通に何もない事もあるが、たっくんは落ち着きがなくて視線をきょろきょろとさせて、時々何かもの言いたげにこちらを見ている。
(もしかして……チョコ渡してもらうの待ってるのかな)
「あ、あの……まーくん。今日って……その……」
「なに?」
笑顔で聞き返すとたっくんはおろおろと睫毛を伏せた。
「う……、何でもない」
(なんか可愛いな)
いつだって自分理論で馬耳東風のたっくんがこんなに歯切れが悪いのは珍しい。
僕は鞄の中に入ったチョコを思い出して、ほくそ笑んだ。
(ふふふ、君が楽しみにしているチョコはただのチョコじゃないんだよ)
昨日、作った手作りチョコは普通のチョコじゃない。
山盛りに買ってきた唐辛子をすり潰してチョコに混ぜたのだ。
(たっくん辛いの苦手だし、どんな反応するのかな)
意地悪な思惑に、思わず口元が緩む僕。
鞄の中からチョコを取り出そうとした時、僕を呼ぶ女子の声。
「まーくん!」
視線を上げると、クラスメイトの山野さんが小さな紙袋を抱えて走ってきた。
(あれ、学校までまだだいぶあるのに)
僕達の前まで来ると肩で息をしながら、尋ねてきた。
「私、一番乗り? チョコ!」
「……う、うん」
「やった! 絶対一番に渡したかったんだよね」
山野さんは笑顔で、胸に抱えた紙袋をたっくんに差し出した。
「はい、チョコ!」
たっくんは にこりともせずにその紙袋を受け取った。山野さんはそんなたっくんを気にすることもなく、僕に向き直った。
「『まーくん』の分もあるよ。はい!」
山野さんは自分の鞄からピンクのラッピングに包まれた可愛らしい小さい箱を差し出してきた。
「うまく作れたかわからないけど、良かったら食べて」
全身に電流が走った。
まさか、僕の分まで準備してるなんて……!
飴玉とかチ○ルチョコの義理チョコはあれど、こんな立派なチョコをもらったのは初めてだった。
(僕は君に嫉妬してるっていうのに……)
僕の鞄の中には激辛チョコが一人分。
これではまるで、天使と悪魔ではないか。
(負けた……! 人として負けた!)
「まーくんは駄目」
「え?」
僕がチョコを受け取ろうとした時、たっくんが突然僕らの間に割って入って、山野さんのチョコを取り上げてしまった。
「これも、俺が食べる」
「駄目。それは『まーくん』の為に作ったんだよ」
山野さんは取り返そうと手を伸ばしたが、たっくんはその高い身長を生かして、山野さんの手の届かないよう腕を上げた。
これほど無駄な身長の生かし方はない。
たっくんが冷たい目で山野さんを見下ろしている。
「まーくんの為に作ったのなら、なおさら駄目」
「なんの権限があって?」
「なんの権限がなくても、駄目なものは駄目だよ」
なんだろう……、たっくんは怒ってるし、山野さんも笑ってるのになんだか怖い。
僕はこの状況をなんとかしようとたっくんに注意した。
「たっくん、なんでそんな下らない意地悪するんだよ、山野さんに返しなよ」
「下らなくない!」
たっくんが突然、怒鳴った。
「まーくんは、誰からもチョコ貰っちゃダメなの! だから、山野さんのチョコは俺が食べる! 本当は捨てたいぐらいだけど、食べ物は無駄にできないから、俺が全部食べる!」
(むちゃくちゃだよ、たっくん……)
誰もがそう思ったのに、たっくんには有無を言わせぬ迫力があった。そのせいか、山野さんも、諦めたようで小さくため息をついた。
「ごめんね、『まーくん』。田村くん意地悪するから、また作ってくるね」
そう言って、山野さんは足早に学校へと向かってしまった。
隣を見上げると、たっくんはまだ少し怒った様子で、山野さんを睨んでいた。
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