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第3話
「なあ――、若さん……。俺にも何かできることねえかなって……思うんだけど」
隣に腰掛けた紫月が遠慮がちにそんなことを言ってはうつむいている様子に、遼二はフイと彼を見やった。
「紫月――。その、”若さん”って呼び方はよせって言ってるだろうが」
「あ、うん。けど、アンタのこと、邸の皆がそう呼ぶしさ。俺も世話になりっ放しだし、それに……アンタ、俺よりすっげ年上じゃん? 他に何て呼べばいいのか分かんねえし……」
「そんな、”すげえ”上でもねえだろうが」
ここは苦笑するところか、しばし可笑しそうに笑った後に、真顔に戻って告げた。
「遼二――でいい。最初にそう言ったろうが」
「や、けどさぁ、やっぱし呼び捨てってのは……」
「気が進まねえか?」
「ん、そうじゃなくて、申し訳ねえかなって思ってさ。じゃあ……遼さん、でどう?」
少し困ったように笑う。
そんな笑顔も仕草も、遼二にとっては堪らなかった。
――今夜は少し飲み過ぎた。それは確かなようだ。
気付けば、遼二ははにかむ笑顔ごと、強く腕の中へと抱き寄せていた。
急なことで驚いた紫月は、くっきりとした大きな二重の瞳を、更に大きく広げるようにしてグリグリとさせている。
「若さん――っ、……じゃなくて、遼……ッ……」
「それ、いいな」
「え……!? て、……何……が?」
「遼――って呼ばれ方は初めてだ。周りの誰もそういうふうに呼ぶヤツはいねえ」
別段、『遼』と呼んだわけじゃない。”遼さん”と言うつもりが、急な抱擁に驚いたのが先で、少々焦ってしまったわけだ。だが、遼二にはそれが嬉しかったようで、ひどくご機嫌である。
「紫月――、そんなに仕事がしてえか?」
「……え? そ、そりゃもちろん。俺に出来ることがあれば何だってするよ。こんな俺にでも……何か役に立てることがあるんなら」
「そうか――」
「あ、あのさ……若、いや……遼さん……! えっと、俺にできる仕事のこと……もっと詳しく聞きたい」
いつまで経っても解いてくれそうもない抱擁の中で、紫月はしどろもどろに視線を泳がせた。何とかして話題を反らして、そして体勢を元に戻してはもらえまいかと必死にもがく。このままだと何だか妙な気分になってしまいそうで、身体が火照って仕方ないのだ。
この”遼二”という男は、同性の紫月から見ても羨ましいくらいの男前である。初めてこの邸に身請けされた時から、彼が女性たちに相当モテるのだろうということは感じていたことである。特定の女性と付き合っているのかどうかまでは分からないが、例えば一夜限りのような関係であるにせよ、不自由はしていないのだろうことは容易に想像し得た。紫月が覚悟していた夜伽の誘いが未だに無いことからしても、それは明らかだろうと思えていた。
当初、紫月は『身請け』という形でこの遼二に引き取られた時に、もしかしてそういった趣味の男なのかと思っていたのだ。男色の客を相手にする遊郭の経営者という立場の男だ、実際彼自身が同性愛者であったとしても何ら不思議ではない。だから、もしかしたらそういった対象として気に入られて身請けされたのかと思ったわけだ。
が、フタを開けてみればそんな素振りは一切無い。一緒に暮らし始めてからも、夜のことは無論、普段の生活の中で遼二から性的な意味を含めた好意らしきを感じたことがないのだ。ただ、それにしては必要以上に優しくしてくれるし、まるで大事なものを扱うように接してくれる。そんな遼二の思惑が今ひとつ掴めずに、少々悩める日々を送っていたのも事実であった。
耳元ギリギリ、はっきりと吐息が掛かる距離で遼二が言う。
「そんなに仕事がしてえなら――ひとつだけお前にできることがある」
僅かに緩められた抱擁と引き換えに、今度はひどく真面目な顔付きでそう言う遼二に、紫月はピリリと姿勢を正す思いで目の前の男を見つめ返した。
「あ……うん。何……? 俺、マジで何でも……一生懸命やるよ」
「そうか――じゃあ早速だが……俺のものになれ」
――――!?
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