4 / 5

第4話

「聞こえなかったか? 俺のものになれと言ったんだ」 「……えっと、アンタの……もの……って」 「身も心も全部だ。全部――お前の全てを俺のものに――したい。言っている意味は――分かるか?」  そう言うや否や、遼二は紫月をソファの上で組み敷いた。 「え……と、若さん……! それって……(とぎ)の相手をしろって……ことで合ってる?」  驚きつつも、まるで覚悟はできていたと言わんばかりである。遼二はそんな彼を見下ろしながら、僅か不機嫌そうに眉をひそめた。 「伽なんかじゃねえよ――」 「……えと、でもこれ……」 「確かに今夜は飲み過ぎだ」 「……え?」 「本当は――こんなふうにするつもりじゃなかった……。お前には……ちゃんと気持ちを打ち明けて、ちゃんとお前の返事も聞いてから、もっともっと時間を掛けてきちんと伝えたかった」 「……若さん……?」 「”若さん”はよせと言ったろ。……ッ……畜生――! もう我慢がきかねえ……!」  点ってしまった(ほむら)が瞬時に燃え上がるかのような勢いで、遼二は紫月に口付けた。  ただの軽めの触れ合いではない。  ため込んできた想いを一気に流し込むべく濃厚に口付けて、もう理性を抑えることなど不可能だった。  歯列を割り、ねっとりと口中を掻き回すように弄り、呼吸をも取り上げる勢いで長く長く口付ける。しばらくそうして紫月の温かさを堪能した後、ようやくと我に返ったように唇を放して解放した。  が、その直後、紫月から飛び出した言葉に思い切り眉をしかめさせられることになろうとは想像もしていなかった。 「……若……さん、あのさ……その、これが俺にできる……仕事? だったらそんなの、もうとっくに俺はアンタのもんじゃん?」 「――どういう意味だ」 「や、だって……あの時、店に売り飛ばされようとしてた俺をアンタが身請けしてくれたんだから」  どうやら紫月は金で買われて今の生活があると思い込んでいるようだった。  自分は買われた瞬間から貴男の持ち物なのだから、夜伽も含めて何をされても当然だ――そんなふうに言われているようで、紫月の何気ないひと言は遼二を無性に苛立たせた。 「お前……何も分かっちゃいねえのな――」 「……え?」 「俺はお前を”自分が買った持ち物”だなんて思ったことは一度もねえぜ――」 「若……さん?」 「金で身請けしたから何でも好きにしていいなんて――そんなふうに扱うくらいなら、最初からここへ連れて来ようなんて思わねえよ……!」  情けなくも声を荒げて取り乱す。大人げのないことだと頭では分かっていても、どうにも抑えがきかなかった。やはり深酒のせいか――。 「確かに……店でお前を見た瞬間から……どこか惹かれるもんがあったのは否定しねえよ! お前を店子として、どこの誰とも分からねえヤツに好きにさせるなんざ絶対に我慢できねえ、そう思ったから身請けした。それは認めるさ。けど、だからって我が物顔でお前を好きにするなんて有り得ねえ。何してもいいだなんて思うわけねえだろ……ッ。一緒に暮らしてく内にどんどん惹かれて、ますます放したくなくなって……気付けばどっぷり惚れ込んじまった……。毎日毎日、お前にハマってくのが怖えくらいだったよ……! いつか……お前にはちゃんと気持ちを打ち明けて、お前の返事も聞いて、万に一つでも俺を受け入れてくれる日が来たらいい……それまではぜってー手ぇ出したりしねえって、自分自身に言い聞かせてもきた……」 「若……さん……」 「けどもう限界だ。本当は酒に酔った勢いに任せて……云うようなこっちゃねえって分かってっけどよ……」  自分はこんなにも勇気のない男だっただろうか。酒の力を借りでもしないと、惚れている気持ちを打ち明けることもできない情けない野郎だったのか。こんなふうに力づくで組み敷いて、半分脅し気味で告白し、問い詰めたところで、本当の気持ちなど云ってくれるわけもなかろうに――そんな思いに苦笑いがこみ上げる。だが、深く口付たことで湧き上がってしまった熱は、おいそれとは引いてくれるはずもなかった。燃え上がるような欲情を押し鎮めるなど不可能だ。  遼二は硬く興奮した雄を紫月の腹の辺りへと押し付けながら、互いのものを擦り合わせるように重ねると、最後の砦を支えている自身の中の支柱を守らんとばかりに言った。

ともだちにシェアしよう!