3 / 6

第3話

「言う事を聞いてくれたら、戻してあげます」 私の唾液で濡れた指先を用意してあったらしいウェットティッシュで拭きながら彼は笑う。 顔は机の上に置かれたまま、そして身体は上手く立つ事が出来ない。 どちらにせよ動く事の出来ない私は、睨み付けながら質問で返した。 「何が、望みなんだ」 「言うとおりにしてくれたら分かります」 屈託のない笑顔でそう言うと、彼はマネキンの頭を手に取り、私の顔を拾い上げ固定した。 マネキン自体にあったはずの凹凸に、形を変えられる事なく私の顔はそこに張り付く。 「変な跡がつかないように、昨日はここに置いてたんです」 「だったらひっぺがさなければいいんじゃないのか」 文句は聞き流す事にしたらしい。 私の顔の付いたそれを、椅子のある方を向いた状態で机に置いた。 彼は立ちあがると、先ほどまで自分が座っていた椅子に、私に腰掛けるよう無言で促す。 納得は行かないが言われるがままに座ろうとするも、身体はよろける。 大丈夫ですか、と聞きながら彼の右腕が私の腰を支え、左手は私の肩に添えられる。 何故か優しくエスコートをされて、そのまま腰を下ろした。 「じっとしててくださいね、ご主人様」 言葉と同時に延ばされた手は、私のシャツの一番上のボタンを外し始めた。 胸元に感じる感覚に身体が強張ってしまう。 それにしても、何故自分が服を脱がされる様を見せられなければならないのか。 なんとなくだが耐えられなくて顔をそむけてしまう。 と言っても、今私の顔は机の上にあるので意味は無いのだが。 そんな私を見て彼は、顔だけの私を見つめる。 「照れてます?」 「そんな事はない」 固定された私の顔は、目を逸らすことを許されない。 仕方なく瞳を閉じれば、額に触れるだけのキスをされた。 どちらにしたんだ、と思わず開くと、まだ目の前に彼の顔はあった。 「駄目だよ、目瞑ったらこういう事されちゃうんだから」 彼からすれば、これも悪い事をしているつもりらしい。 キスぐらいなら好きにしろ、と言いたいが、加減を知らない彼には本当に山程されかねない。 わかった、とだけ短く返せば再び彼は脱がしかけている私のシャツに手を伸ばした。 丁寧に上から一つずつボタンを外され、脱がされていく。 腰に手を回されて今度は立たされると、ベルトに手がかけられる。 カチャカチャという音を立てて、留め具を外されるのを目の前で見せられる。 スルリとベルトを抜かれると、元々少し緩いズボンが膝まで落ちる。 肩に手を置くように促され、つかまったまま片足ずつ脱がされる。 そのまま一糸纏わぬ……まで行くかと思ったが、彼は私の下着には手を出さなかった。 足元から上までを一度眺めると、彼がポツリとつぶやく。 「やっぱり綺麗な身体ですね、傷一つなくて」 「だったらなんだ」 人ではなくなった時から変わらない肌を、彼は指先でなぞる。 私は生前、外に出た事が余りなく、怪我や手術をする事もなかった。 人形のようだとわけの分からない事を言われながら。 舐めまわすように身体を視られ、触れられた事もある。 だからどれだけ褒められようと、羨ましがられようと。 傷一つないこの身体が私は好きじゃない。 故に、対照的である健康的な彼の焼けた肌や痛ましい傷の跡。 それらを少々羨ましく思う事さえある。 「俺はよく脱がされるけど、ご主人様は見せてくれないじゃないですか」 「見せて何になる」 不機嫌さを滲ませながら答えると、身体を抱き寄せられる。 人間より体温の冷たい私に、人間より熱い彼の身体がピタリと触れる。 意識せずともその温度の差に身体が跳ねてしまう。 「ッ……」 「もうちょっとだけ、このまま」 ああそうか、私はこの獣に反抗される日が来てしまったのか。 出来たらこのままとか椅子とかじゃなくて、ベッドが良いんだが。 移動はするんだろうか、等と冷静に考えながら瞳を閉じた。

ともだちにシェアしよう!