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ドォン…。 近くで太鼓を叩く重厚な音がした。女装のような――というかれっきとした女装だ――己の姿に憔悴していた侑が窓に目を向けると、すっかり外は暗くなっている。 祭がもうすぐ始まる合図だ。 「急いで!」 にわかに東雲は慌てる。息子の出番は最初の方なのだから無理もないだろう。ちなみに、実砂緒は既に本殿へ向かっている。 侑は母親の後ろを袴と足袋でついていく。慣れていないわけではないが、和装は歩きにくいし重いし苦しいし大嫌いだ。 「あら、あなた」 社務所と本殿は繋がっている。薄暗い渡り廊下を二人が早足で歩いていると、突き当たりで人とぶつかりそうになった。急ブレーキをかけた東雲の声に顔を上げた侑は後悔する。 そこに居たのは、侑と同じく黒い和服を着た男性。 中肉中背だが顔付きは厳しく威風堂々としている。こちらを一瞥するだけで背を向けた彼を、侑は苦々しい思いで睨み付けた。 彼は境木 巽(タツミ)。侑の父親だ。 隣の東雲が気遣う気配を見せたので「行こ、母さん」と侑は先に立つ。

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