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――あー、実はこれが一番嫌かも だが仕方ない。自分の役割で最も重要な仕事なのだから。侑は気合いを入れる。 利き手の右で刀の柄を持ち、左手の小指の腹を切る。どこかで「うわ痛そう」と声が上がった。 祥さんめ、と口元が綻びそうになる侑だったが何とか堪える。血の滲む患部を下に向けた。 ポタ、ポタポタ。 重力で池に落ちていく数滴の赤い雫。 尺八が再び鳴り、巫女からタオルを渡された侑は指を軽く押さえ、一礼。 瞬間、拍手と歓声が沸き起こった。 「おぉ、やってんなあ」 無事に面倒な役目を終え社務所に戻った侑は、光の早さで顔を洗い制服に着替えた。 実砂緒から逃げるように外に出た彼は、村人たちが集まっている境内の中心を避け鎮守の杜(モリ)近くにある丸石に座る。 今は祭のメインイベントが行われているので誰一人として侑に気付かないし、先程まで女装していた身としては有難い。からかう者などいないが――祥・依那兄妹を除いて――思春期男子のプライドの問題なのである。 解放感と半端な疲労感が心地よい。侑は鞄から友人に貰ったスナック菓子を取り出しつつ、ぼんやりと賑わいを眺めた。ここからは寛ぎタイムだ。 参道から僅かに離れたそこでは恒例の腕自慢が繰り広げられている。幾つかの柵で区切られ、あるスペースでは剣道、またあるスペースでは弓道と、小さな大会が開催されているのだ。相撲まである。

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