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呉越同舟

「起きろ慶弥、着いたぞ」 侑は通路を挟んだ向こう側に身を乗り出して小さな体を揺する。 まだ眠たそうな様子からして、慶弥は昨夜も快眠とは言い難かったらしい。しょぼついた目を僅かに開け猫のように忙しなく指で擦る。 寝起きの乗客にもバスの運転手は「歩きながら寝るんじゃないよ」と寛容だ。「すいません」とトロトロ歩く慶弥を先導しながら侑とカイは頭を下げる。 「よう、学生くん達お帰り~。しっかり勉強してきたか?」 乾いた土の上に降り立つと同時に祥が破顔する。「特に侑と慶弥は頑張らないとな」と余計な一言を添えられ侑は苦虫を噛み潰したような表情をした。 ちなみに慶弥は眠気に勝てず聞いていない。更にちなみに言うと薫はそんなウトウトの慶弥を「可愛い可愛い」と愛でている。 「てか夏目さん、どうして?仕事は?」 侑は祥から斜め向かいに居る夏目に視線を移す。 自営業の祥や親である薫はともかく、彼は村役場の職員である。いつも資料やパソコンとにらめっこしており休憩をとる暇も無さそうなのだ。 東雲から知らされていた、侑たちの送迎予定のメンバーにも入っていなかったはずなのだが。中学生の疑問に夏目は人好きのする笑みを浮かべて答える。 「うん大丈夫、これも役場の仕事と言えば仕事だからね。それとクッション役かな?」 「クッション?」 侑は目を瞬かせる。夏目は柔らかい表情のまま明後日を指差した。 つられるままにそちらに顔を向けると、五メートルほど離れた位置に男性が立っている。 オールバックの髪型にスーツという姿だけでも目立つのに鼻筋のしっかり通った日本人離れした顔立ち、銀縁眼鏡をかけた眉間には気難しそうな皺。 ビジネスマン御用達の雑誌に載っていそうな彼は田舎の村では完全に浮いている。 彼はカイの父親、境木 虎太朗(コタロウ)。歳は三十代後半、職業は内科医師。

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