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第一章・出会い。(1)

 (一)  夜の闇が広がるその空間に、ぽっかりと美しい満月が浮かんでいる。鼻孔を膨らませ、静かに息を吸えば、どこからか金木犀(きんもくせい)の甘く穏やかな香りが漂ってくる。  石畳が敷き詰められた小道には、闇に閉ざされた視界を微かに照らす程度の街灯がぽつり、ぽつりと点在しているだけだ。殆ど人通りのない路地裏の片隅で、彼は上半身をしなやかに反らし、やがて押し寄せてくるだろうオーガズムを心待ちにしていた。  濡れそぼった赤い唇が孤を描く。  彼は自らの手でチュニックに取り付けられているボタンをひとつずつ外し、陶器のように艶やかな柔肌を披露する。そして胸板に乗っている二つの赤い蕾をなぞり、彼の下で地に伏す男を挑発した。  彼がその細い腕を伸ばし、地に伏す男のネクタイを引き寄せれば、切羽詰まったような呻り声を喉の奥から漏らす。これ以上は我慢できないと言わんばかりに目の前にある魅惑的な赤い唇に吸い付いた。  彼が甘い声を上げて赤い唇を開けば、侵入した舌が我が物顔で口内を蹂躙する。彼もまた、男に負けじと舌を転がし絡め取れば、熱を纏った昂ぶりを太腿に押しつけてくる。  例え相手が同性であろうと関係ない。美しい彼の容姿に魅了され、理性を失った獣になる。誰しもが彼を欲し、彼を得るためならば何もかもを差し出す。この男も今まさに、彼の餌食と成り下がっていた。

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