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第一章・魅了する肉体。(3)
深い闇がいっそう濃くなる。橙色の月が孤独に浮かぶ。
ひんやりとした夜気と共に金木犀の香りが一帯を充満する。狼の遠吠えが山の麓から微かに聞こえてくるそれまるで、これから始まる悪魔との戦闘が危険なものだと暗示しているようだ。
ライオネルは家々の屋根を飛び越え、悪魔が巣くうという目的の湖へと急いでいた。その間にも淫魔が攻撃を繰り返し仕掛けてくる。その度に、繰り出される刃が闇夜に浮かぶ月光に照らされ煌めく。双方の刃が呼応する度に放たれる鈍い金属音が虫の音を遮り、寂々たる空間に染まる。
淫魔から漂う甘い香りが充満する金木犀の匂いと混じり、鼻孔を通って動物的本能を支配している視床下部 を刺激してくるからたまらない。食事をしたいと欲望に駆られ、左右の鋭く尖った犬歯に唾液が伝う。
――だが今は淫魔に支配されるわけにはいかない。消息不明となった彼女を見つけ出すそれまでは――。
ライオネルは犬歯を口内に引っ込めると腹の底から唸り声を上げて惑的する淫魔の香りに抵抗した。淫魔から発せられる誘惑をなんとか堪えながら進む足取りは次第に鉛のように重くなる。気が付けば民家は数えるくらいに減り、木々が多く目立ってきた。どうやら目的地は近いようだ。
しかしこのまま何時までも淫魔を相手にしていては自分の身が持たない。
幸い、シンクレアから言い渡された件の目的地は理解している。
聴覚や嗅覚、触覚や感覚らが優れている視覚を持つヴァンパイアのライオネルから十分に見て取れる距離にあった。
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