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第一章・魅了する肉体。(4)

 シンクレアから聞かされていた通り、視界の端には海のように巨大な湖が見えている。 ライオネルは素早い身のこなしで地へ降りると全ての神経を切断する。自らの魔力を掻き消した。  ライオネルの魔力を掻き消す術は完璧だった。それは神と契約し、悪魔を(ほふ)るという過酷な日々を送っているからこそ身についた防衛能力だ。なにせ悪魔と戦闘の末の勝利は紙一重だ。一歩踏み違えば死が待っているのだから――。  ライオネルは魔力を消したまま鬱蒼と生い茂った緑の中に隠れ、ただ五感のみに意識を集中させる。淫魔が去るのをひたすら待った。  ――どうやら上手く身を隠せたようだ。  去っていく淫魔の後ろ姿を確認したライオネルは静かに息をついた。 「――――」  さて、どうやらここからは地道に進むしかないようだ。ライオネルは静かに首を振ると気を引き締め直した。自らが発するほんの微かな足音にさえも注意しながら周囲を警戒し、歩いて行く。  ライオネルが一歩を踏み出す毎に交差する枝々が影をいっそう濃くする。水を含んだ土壌でブーツの底が沈む。平坦な道は少しずつ傾きを増す。そして獣道へと変化する。ライオネルがさらに足を進めると、視界が開けた。  木々の枝を掻き分けると目と鼻の先に湖が見えた。感覚を研ぎ澄ませばそこから禍々しい魔力が膨れ上がっていくのを感じる。

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