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第二章・魅了する者。(4)

――私のアム。戻るつもりはない?」  絹のような細い腕が伸びる。赤いマニキュアが塗られたその華奢な指先がアマデウスの頬をそっと撫でた。  はっと我に返ったアマデウスが見上げれば、彼女の目は憂いに満ち、眉間には皺が刻まれていた。  ニヴィアは誰よりもアマデウスを大切に可愛がってくれる。その彼女を悲しませているのだと思えばとても心苦しい。  けれども自分にはすべきことがある。けっしてここで引き下がるわけにはいかない。 「すみません、母上。兄様達を殺した輩はきっとここにいる。だから――」  そこで初めて、アマデウスの赤目(ルビーアイ)が曇った。  ――そもそもアマデウスが人間界に来た理由はただひとつ。殺された兄達の復讐であった。  否、『殺された』というべき証拠は何も無い。けれども少なくともアマデウスはそう思っていた。  そもそも、アマデウスは他の悪魔とは生まれが違う。  父のルジャウダは人間界でいうところのサタンだ。悪魔王にして最強と謳われた魔力を誇っている。そしてアマデウスは彼の子であり、四人兄弟の末の弟だった。  母親と同様、唯一淫魔として生を受けたアマデウスは、兄達にとても可愛がられていた。威厳に満ちた絶対的存在の父と愛情深く美しい母。そして三人の兄。この幸せな日々は永遠に続くと思っていた。  しかし、今から三年前のことだ。アマデウスの兄達が次々に不可解な死を遂げたのは――

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