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第二章・魅了する者。(8)

 自分は家族に愛されている。  そう実感すると涙腺が潤む。喉の奥に熱いものが込み上げてきた。  家族とはやはり心地好い。こうしてしばらく離れて暮らし、再会を果たすと改めてそう思う。  赤い唇が孤を描く。そういえば心を許す相手と会話するどころか、人前で笑うことすら久しぶりだった。  アマデウスは少し気恥ずかしくなりニヴィアとの視線を外す。  ――それは本当に偶然だった。近頃には珍しい強い霊力を感じてふと窓の外を見やる。感じた霊力を辿れば、年齢は(わず)か一〇歳ほどの赤毛の少女がいた。 (あれは――)  彼女は以前、紛い物(ヴァンパイア)と一緒にいた――たしか名前をシンクレアと言っただろうか。  見た目は人間の少女だが、彼女から発せられる霊力は人間よりもずっと純粋でずっと強力だ。その純粋な力は天界神に近い。  悪魔神と天界神。相反するふたつの属性は反発し合う。当然アマデウスが彼女と知り合いになる筈もない。  しかしアマデウスは彼女を知っていた。  アマデウスが彼女と出会ったのは忘れもしない、あの忌々しい紛い物と出会した翌日のことだ。  アマデウスにとっての貴重な時間を邪魔され、業を煮やして『それ』の屋敷を捜し当てた時だ。彼女は事もあろうに自分を『それ』の仲間だと思い込み、容易く屋敷の中に入れたことがきっかけだ。そのシンクレアがそれ以外に興味がないと言わんばかりに視線を一点に集中させ、小さな歩幅で大きな交差点を横断する。 「母上、すみません。急用を思い出したのでこれで失礼します」 「アム?」  背後からニヴィアが引き止めるのも聞かず、足早にカフェを出た。

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