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第二章・蝿の王。(4)
男は腕の中で尚も暴れ続けるシンクレアを抱え、門の中へと消えた。
ここは教会だ。当然一般人の出入りもあるだろう。アマデウスもそのまま門をくぐり抜けることは可能だ。だが、万が一にでも兄達の死に関わりがあるのなら話は別である。相手の動向を一刻も早く、そしてできるだけ詳細を知らねばならない。
アマデウスは用心を取って教会の裏に当たる場所へ移動した。地を蹴り、軽々と塀を跳び越え、見事教会の中へ侵入を果たした。敷地内は緑が多い。四方に伸びる木の枝々が、アマデウスの遙か頭上で絡み合う。しかしそればかりではなく、中には小さな枝ぶりをした植物も見られる。アマデウスは引き続き魔力を殺しながら木陰に隠れ、シンクレアを捕らえた例の男を追った。
教会の敷地内は外観から見たよりもずっと広く感じる。人影は殆どない。皆白の祭服に身を包み、同じような身形をした教会関係者が行き来している。中には修道女もいるが、修道士が殆どだ。通常ならばシンクレアを捕らえた男を見つけるのは困難だが、生憎、男は抵抗する際、猫のシンクレアに皮膚を傷つけられている。少なくとも裾には血が付着している筈だ。悪魔は五感に優れている。並外れた嗅覚を使って血の臭いを嗅ぐのは造作もない。
アマデウスが血の臭いを辿る。嗅覚だけを頼りに進めば――どうやら彼女は教会の中にいるらしい。幸運にも教会へ続く扉は片方が開いている。姿勢を低く保ちながら、滑り込むようにして内部へ入り、連なる椅子に身を隠した。
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