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第二章・蝿の王。(7)
悪魔界での彼の名はベルゼブル。アマデウスの父親、ルジャウダの弟の嫡男だ。その彼が何故人間界にいるのだろう。そして、この教会で何をしようとしているのか。
有効的な笑みを浮かべるベルゼブルに対して、アマデウスはつとめて冷ややかだった。
「その猫はぼくのだ」
速くもなければ遅くもない速度で、アマデウスは注意深く歩み寄る。隣にいる祭服の人間を視界の端に入れると、彼は背筋を緩め、頬を朱に染めてこちらを見ていた。彼はアマデウスに魅了され、まさに骨抜き状態だ。
「おいおい、本気か?」
ベルゼブルは俄に信じ難いと、惚けている男の腕に収まっている白猫とアマデウスを見比べた。
たしかにそうだろう。悪魔のアマデウスにとって、神は相反するものだ。神の御使いと知り合いなんてどう考えても不相応である。ベルゼブルが尋ねるのも無理はない。しかしアマデウスは毅然とした態度で距離を縮めていく。
「ぼくのものだ」
ベルゼブルとの距離は目と鼻の先だ。アマデウスはそこでようやく立ち止まる。訝しがるベルゼブルに、臆することなくもう一度、凜とした態度で言った。
「君はなかなか面白いものを飼っているのだな」
ベルゼブルは左右に首を振ると、返してやれと、彼の隣ですっかりアマデウスに骨抜きにされている男に顎で指示した。
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