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第二章・蝿の王。(8)

 ベルゼブルは素直にシンクレアを返すよう指示したが、無論、彼はアマデウスの発言を信用してはいない。しかし一度言いだしたら梃子(てこ)でも動かない頑固な従弟(アマデウス)の性格をよく知っている。当然のことながら、アマデウスにすっかり魅了されている男はベルゼブルの命令に逆らう筈もない。白猫を彼の腕の中へ返した。  腕の中に戻った白猫シンクレアの身体が小刻みに震えている。アマデウスは丸まった背中をそっと撫でてやった。 「別に、ぼくが何を飼おうとどうでもいいだろう」  アマデウスは、ふんっと鼻を鳴らし、尖った顎を前に突き出す。 「――しかしまさか君に会えるとは思ってもみなかったよ。相変わらず美しい――いや、『より一段と美しさが増した』と言うべきか……実に美しい」  舐めるような粘っこい視線がアマデウスの全身に絡みつく。ベルゼブルの腕が伸び、ツンと突き出したアマデウスの顎に触れた。アーモンド色の目が余すことなくアマデウスの身体を見つめる。アマデウスはまるで身ぐるみ全てをむしり取られ、裸にされているような気分に陥った。  滑りを帯びたその視線はまるでうねる蛇のようだ。 「ぼくは以前、パーシング・サーペントに似た悪魔を湖で見たことがある。お前はその悪魔について何か知らないか?」 「いや、知らないな。そんな悪魔がこの人間界にいるのか?」  いかにもわざとらしい口ぶりだ。  彼が首謀者ならば易々とは口を開くまい。そう思い尋ねてはみたが、案の定彼は首を横に振った。やはり彼は軽々しく口を割らない。アマデウスはふんっと鼻を鳴らした。

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