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第二章・蝿の王。(9)
「それよりも、次は是非ともふたりきりで会いたいね。今夜一緒に食事でもどうかな?」
大きな唇が孤を描く。彼の好奇心は最早シンクレアにはない。アマデウス自身にある。胸部と――そして腹部から陰部を見下ろしている。
――彼の言う食事とはつまり、アマデウスとの情交を意味する。
冗談ではない。
アマデウスは身震いした。
ベルゼブルとの食事を想像するだけでもまっぴらごめんだ。
万が一にでもこの男と情交なんて有り得ない。なにせひとつ間違えば、自分はベルゼブルの子を宿してしまう危険性があるのだから。
「――――」
彼はやはりアマデウスを欲しがっている。
それは過去も今も変わらないようだ。なにせ悪魔界にいた頃からよくアプローチを受けていたからだ。しかしアマデウスはことごとく拒絶していた。
アマデウスはベルゼブルが嫌いだった。確かに彼はハンサムだ。天界に身を置く天使のように美しい。しかし、である。
彼にはどこかのっぺりとした顔の表情が垣間見えていた。それに加えて蛇のような粘っこい視線を送ってくるから気持ち悪いことこの上ない。生理的に受け付けないというのが本音だった。
過去にはアマデウスの気持ちを知った心優しい兄達はよくベルゼブルから匿ってくれたものだ。
「――アマデウス」
ねっとりとした声が自分を呼ぶ。
彼の唇が近づいてくる。
「結構だ!」
アマデウスは伸ばされた腕を払い除ける。その乾いた音が周囲に響いた。
(ここに長居はしたくない!)
アマデウスはやって来た当初とは打って変わって堂々と会堂を颯爽と抜けていく。腰の辺りにじっとりとした視線を受けながら――。
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