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第二章・Grigori (5)

――――」  ――果たして彼は何と言っただろうか。  ライオネルは自分の耳を疑うも、どうやら聞き間違いではないらしい。彼は肩で荒い息をしている。そしてライオネルは、怒る淫魔に対してクツクツと声を潜めて笑った。それというのも、淫魔が暗に告げた話の内容は、あまりにもライオネルが思考していたものと違っていたからだ。  彼は、『食事が美味いと思わなくなった』とそう言った。それはすなわち、ライオネルとの行為が十分に悦かったことに他ならない。淫魔はそれにさえも気付いていないのだ。 「何が可笑しい!!」  未だ自分の発言の意味するところに気付かない彼は声を荒げている。相手は淫魔。人々を混沌の世界へと誘う恐るべき悪魔という種族だ。しかしおかしなことに、どうも彼が可愛らしく思えてしまう。 「さてね」  ライオネルは震える声を押し殺しながらそう答えるので精一杯だ。  周囲が緊迫した空気からほんの僅かだが穏やか空間が生まれる。しかしそれはけっして長くは続かなかった。  それというのも金木犀の匂いと共に澄んだ夜気の空気の中に、ほんの僅かだが硫黄と人間の皮膚が焦げた不快な匂いが入り交じって漂ってくるのを感じたからだ。  その匂いは徐々に濃くなっていく。どうやら向こう側からわざわざ出向いてくれるようだ。 「目を付けられたようだな。それもそうか、なにせ神の御使いが動いているんだ。前夜の悪魔を倒した実例もあることだし、あちら側としてもお前らを放って置くわけはないからな」

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