67 / 209

第三章・三人の王子を殺害した犯人。(5)

 どんなに毅然とした態度で立ち振る舞おうと試みても、不気味な恐怖が足下を這って身体を覆うようにやってくる。  ベルゼブルからは猟奇的なものを感じる。アマデウスの本能が彼は危険だと知らせてくる。彼が歩み寄ればその分、アマデウスはじりじりと後退する。  けれども逃げている場合ではない。両の拳を解き、ダガーを握る。ベルゼブル目掛けて地を蹴った。  アマデウスは悪魔界では誰に匹敵することもできないくらいの素早さを持つ。彼持ち前の恐ろしい速度をもってベルゼブルを仕留めようとするものの、彼が言っていた野心は本気だった。彼は意図も容易くアマデウスの両手首を捕らえた。  ダガーが転がるその音さえも朱の身廊に掻き消される。  掴まれた手首からは醜い音を立てて骨が軋みを上げる。  鋭い痛みがアマデウスを襲った。それでもアマデウスはベルゼブルに屈することを許さない。手首からどんなに激痛が生まれようとも悲鳴を上げず、懸命に歯を食いしばる。 「こうしている今も君を欲するあまり気が狂いそうだ」  ねっとりと笑いながら、生あたたかな吐息がアマデウスの耳孔に触れる。  ……悔しい。  自分は悪魔界の王子である。その自分が、兄達を殺した仇を目前にして歯が立たないことが悔しい。  たかだか王の座と自分を欲する自分の欲望のためだけに最愛の兄達を殺めたベルゼブルが憎い。  アマデウスは嘲弄的(ちょうろうてき)に笑うベルゼブルを睨んだ。

ともだちにシェアしよう!